2話 帰還の門
◇
「なに? このバカげたクソゲームに戻ってくる奴が増えているだって?」
アダムを倒したあと、俺たちは南地区の探索を続け、五重の塔からさらに南へ二日ほど歩いた場所で【帰還の門】を見つけた。
これもリリーが残された文献から見つけたもので、条件らしい条件はなく、門をくぐるだけで現実世界へ戻れる。
発見してからかなりの人数がこの世界を離れ、主要な連中ではターシャとマッソも帰還した。
ところが、そのターシャがもう一度このデスゲームへ応募して戻ってきた。
どうやら現実世界でマッソと再会し、そのまま結婚までしたらしい。
そして離婚。そこまではいい。
問題は、その結婚生活が約二年続いていたことだった。
現実では二年が経っているのに、こっちでは二か月ほどしか経っていない。それでもターシャの残り時間は、およそ六年のままだった。
現実へ帰れば十年という期限から逃れられるんじゃないかとも思っていたが、どうやらそんな都合のいい話ではないらしい。一度この世界へ来た人間の時間は、どこにいようが消えないようだ。
なら、現実とこっちで時間の進み方が違う理由はなんなのか。
そこまでは、さっぱり分からなかった。
「ターシャ? なぜ戻ってきたんだ?」
「なんだろうね……アタシもよく分かんないし、またアダムみたいなのが来たら死ぬかもしれないって分かってはいるよ? ただねえ……一言で言えば『つまらなかった』かな」
そこから、こちらが聞いてもいないのにマッソとの結婚生活の話が始まった。
現実へ戻ったあと、マッソがSNSでターシャを探し、本当に実在していると知るなり会いに来たらしい。
こっちで命を預け合っていた相手と現実世界で再会したのだから、最初は二人とも奇跡みたいに感じたのだろう。再会して三か月ほどで結婚し、そのまま国際結婚になった。
マッソは現実でも、ここにいた時と大して変わらない男だった。
フランスで商社に勤め、それなりの役職と収入があり、人当たりもいい。毎日仕事へ行き、家へ帰り、一緒に飯を食って、休みの日には出かける。
普通に考えれば、何も問題のない結婚生活だった。
ところが、しばらくするとマッソの口から、この世界の話が増えていった。
『迦楼羅殿と言ったら――』
『あの時は――』
『あの頃のみんなは――』
最初は思い出話だったものが、いつの間にか今の生活と比べる話になり、ある時マッソが「あの頃のターシャは……」と言い出したところから大喧嘩になったらしい。
「悪い男でもないし、アタシの経歴を考えたら、ありえないくらい高待遇の結婚だったんだけどねえ……」
ターシャは少し考えてから続けた。
「たぶん、どっちもここで暮らしてた時ほど、生きてるって感じがしなかったんだろうね……。まあ、全部ステータスが初期状態に戻っちまったけど、これからもまた頼むよ!」
帰ってきてくれたのは攻略上ありがたいが、素直に喜んでいいのかは分からない。
ターシャ商会は今や事実上リリーが管理している。少なくともリリーは喜ぶだろう。
◇
「はぁぁぁぁぁ!」
マリムが両手に紫色の球体を作り、とんでもない速度で撃ち出してきた。
俺はそれをかわしながら強化型ギミックを射出したが、マリムはすぐにスライムの身体へ戻って避け、そのまま背後へ回り込む。
次の瞬間、背中へ強い衝撃を受け、そのまま地面へ叩きつけられた。
ズガーーーンッ!
俺を中心に巨大な土煙が広がる。
「迦楼羅さん! 大丈夫ですか!?」
「いやー大丈夫、大丈夫」
マリムは慌てて駆け寄り、心配そうな顔で俺の身体を起こした。
現在知っている限り、このゲームで最強なのはアダムとイブを吸収したマリムだ。
目の前が灰色になり、集中力が異常なほど高まる【永眠】を使って挑んでも、今の俺ではまるで歯が立たない。
マリム本人は、あの時の俺には勝てないかもしれないと言うが、まあお世辞だろう。
それでも、この二か月間ずっと模擬戦を繰り返してきたおかげで、ステータスだけならかなり近づいている。
リリーも戦争中に南地区の天才をちゃっかり食べていたらしく、戦力だけなら事実上三番手。ミヤビとエリーもほぼ同じくらいまで強くなり、東西南のどこへ行っても、そこらの冒険者に遅れを取るような連中ではなくなっていた。
また、【血を吸う】のおかげで、スキルの豊富さだけなら息子のカルロもトップクラスだ。俺の技やマリムのスキルを中心に、かなりの数を使えるようになっている。
俺たち自身も以前より遥かに速く移動できるようになり、モンスター車へ頼る必要もほとんどなくなった。
そこで、北地区と初心者の町の中間あたりにバカでかい家を建て、新しい拠点として東西南を管理することにした。
家と呼んではいるが、実際にはちょっとした砦に近い。大人数が泊まれる部屋に、各地区から持ち込まれた武器や素材を保管する倉庫、怪我人を寝かせる治療室、何十人も集まれる広間まである。
そして俺にとって何より重要なのが、広間の隣に作った私設バーだ。
「アタシはね! クリアまで迦楼羅とずーーーっと一緒にいるつもりだからね!」
「えー、私もそのつもりですけどぉ~。日本に帰ってもずーーーっと一緒にいるつもりだよぉ〜。ターシャさんみたいに……結婚しちゃったりしてー!」
「おいおい、二人とも……外に出たら俺はただのおっさんに戻るんだぜ? しかも万が一クリアできたら大金持ち! もっと若い子捕まえろよ」
「あっ! おっさんの感想! わかってないなあ〜! 女は金じゃないよ? アメリカではもう常識〜♪」
「そうなの? ミヤビ、日本が遅れているの?」
「私だって金じゃないですよぉ〜。そもそもここに来たのだって、毒親にぶち込まれたんだしぃ〜」
「いや、そりゃお前がニートで毎日ゴロゴロしてたからだろ」
「ハハハ、私はちゃんと大学まで出てるからねー」
「あー! エリーひどーい! 学歴マウントだー」
こんな話をしているくらいだから、ミヤビもエリーも今の暮らしをそれなりに気に入っているらしい。
出会った当初は半べそをかいていた二人も、ここまで自分で生き残って冒険してきたからこそ、今では笑って話せるのだろう。
リリーなんかは十年経っても死なないから、帰る気がさらさらないのは聞くまでもない。
二人が酔いつぶれると、毛布だけかけて俺は自室へ戻った。
◇
「迦楼羅さん」
ドアが開き、入ってきたのはマリムだった。
薄暗い部屋の中で、何か言いたげにモジモジしている。
「今日は久しぶりに一緒に寝ていい?」
「いや、お前はもう大人だろ? 一人で寝なさい」
「大人……大人になったのに……ミヤビちゃんとかエリーちゃんみたいに一緒に寝てくれないの?」
「いや……元々子どものままだったマリムを、なんていうか……俺もよく分からねぇけど、娘みたいに思ってるからなあ……」
ポンッ。
「じゃあ、この姿に戻れば一緒に寝てくれる?」
「余計寝づらいわ! ロリコンおじさんみたいに思われるではないか!」
「おかしいよ……子どもの姿の時は一緒に寝てくれたのに……」
「なっ!?」
マリムは目に涙をため、俯いたまま肩を震わせている。
まだ子どもの姿しか取れなかった頃にリリーから預かり、そのまま育ててきたせいなのか、俺はどうしてもマリムを【女性】として見ることができなかった。
俺はベッドから起き、小さくなったマリムの前にしゃがんで髪を撫でた。
「ホント……おかしいよな。俺もよう分からん」




