11話 とりあえず先制しとけ
◇
「みんな! アダムの首は俺が取る! 単純な指示しかしてねーが、理解してもらったと俺は感じている! みんな! 行くぞー!」
『おおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
何千、何万という声が重なり、空気そのものが震えた。
アダムの来訪予定日、その二日前。
準備を終えた東西地区の人間たちは、奴らが攻めてくるのを待つのではなく、こちらから南地区への襲撃を開始した。
先頭を走る俺たちの前に道なんてない。
入り組んだ木々の隙間を縫い、張り出した根を飛び越え、邪魔な枝を肩や腕で払いながらひたすら南へ向かう。上空では翼を持つモンスターたちが梢すれすれを飛び、獣人たちは人間より遥かに速い足で後続を引っ張っていた。
パーティは四人まで。
このクソゲームが決めたそのルールだけは、何万人集まろうが変わらない。
後ろを振り返れば、侍、戦士、忍者、魔法使い、ヒーラー、獣人、エルフ、モンスターが、それぞれ四人一組のまま森を埋め尽くしている。
『右側もっと広がれー!』
『獣人隊、先に行け!』
『飛行組! 上空頼むぞ!』
横へ広がった連中が、ローラーでも掛けるように森を潰していく。
先行している空中組も、今回は見つからないよう偵察するために飛んでいるんじゃない。敵を見つけたらそのまま食らいつき、後続へ知らせる。
そのさらに前を走っているのが俺たちだった。
「エリー! その先、右!」
「分かってる!」
エリーが木の間を抜けたと思った時には、もう数十メートル先にいる。
アネモイとの誓約を終えた今は、ただ速いだけじゃない。踏み込む場所も身体の傾け方も無駄がなく、森の中を吹き抜ける風そのものを追いかけているみたいだった。
そのアネモイが先に南地区を回り、おおよその地形とアダムたちのいる方向も掴んでいる。
「迦楼羅さん! 後ろもまだついてきてます!」
「ならそのまま行くぞ!」
「はーい!」
「迦楼羅さん、私も走れますよー!」
「知ってる! でもお前まで走らせたら遅えんだよ!」
「ひどくないですか!?」
背中のマリムが文句を言いながら俺の肩へしがみつく。
誰かが転びかければ隣のパーティが引っ張り上げ、そのまま走る。これから全滅するかもしれないというのに、怒鳴り声と笑い声まで飛び交っていた。
南には同じような化け物が何人いるのかも分からない。
それでも、家畜として百人ずつ差し出されるのを待つくらいなら、こっちから殺しに行く。
後ろから響いてくる地鳴りみたいな足音を聞いていると、自然と口元が緩んだ。
「……いいじゃねえか」
「迦楼羅! なんか言った!?」
「なんでもねえ! そのまま突っ走れ!」
「了解!」
速度を上げたエリーを追い、俺も地面を蹴った。
◇
「うらぁっ!」
「ひっ! なぜっ!? アダムの言った通りか――」
南地区へ入って最初に見つけた男の首を、そのまま刎ねた。
「マリム!」
「は、はい……【吸収】!」
背中から飛び降りたマリムが死体へ触れると、身体が光に包まれ、その男が跡形もなく消えていく。
すぐにステータスを開かせると、数字が一気に跳ね上がり、見たことのないスキルまで追加されていた。
「……【ATK二倍】。これ使えるな。それ以外はいらねえ」
「捨てちゃうの?」
「ああ。次行くぞ」
これが北へ向かう前から試したかったことだ。
南には俺たちより遥かに長く生き、強くなった奴らがいる。
だったらマリムにできるだけ強い奴を【吸収】させ、使えるスキルだけ残していけばいい。
敵地そのものを、コイツの強化素材にする。
「次もどんどん行くぞー!」
「はーい!」
◇
【アダムとイヴの館】
「貴方の言った通り、今日来たわね」
「まあ、単純そうだったからな、彼は」
イヴは窓の外へ目を向けたまま、小さく笑った。
「フフッ。貴方の計画では、人間の悪意を家畜で補うのではなかったの?」
「別に家畜がいなくても、僕らの幸福は変わらないよ。それなのにわざわざ自分たちから死にに来る。バカは本当に憐れだ」
「いいじゃない。ここにいる者たちも、かつては天才と呼ばれていたらしいけれど、私たちのことを理解できる者なんていないもの」
アダムはイヴへ顔を向けた。
「イヴ……愛し合おう」
◇
「クハハハハハッ! ノッてきたぞ、ケール! 憑依を!」
「いいのかい? まだアダムは遠いんだろう? 時間が切れれば、またあの代償を――」
「今やらなかったらいつやるんだ! 俺はもう、殺人狂と呼ばれた迦楼羅に戻ってんだよ!」
身体から溢れた黒い影が、俺を丸ごと包み込んだ。
次の瞬間、全身の感覚がひっくり返った。
力が増したとか、速くなったとか、そんな程度じゃない。
人を殺したい。
その衝動が、空腹や眠気と同じくらい当然の欲求として身体の奥から湧き上がってくる。
「うっ……うっ……」
「迦楼羅!?」
「ハァ……ハァ……マリムを……任せた……」
「えっ……ちょっと、迦楼羅!」
返事をする余裕はなかった。
視界の端に人影が入るだけで、身体が勝手にそちらへ向かおうとする。
「【瞬天】!」
気づけば、一人斬っていた。
首から血を噴きながら倒れていく姿を見た瞬間、頭の中を埋め尽くしていたものが消え、どうしようもなく気持ちよかった。
だが、それはほんの一瞬だった。
すぐに次が欲しくなる。
男だろうが女だろうが、俺には関係なかった。武器を持っているのか、逃げようとしているだけなのかを確かめるより早く、目に入った奴へ身体が向かっていく。
斬れば満たされる。
そして満たされた瞬間から、次を斬れと頭の中が騒ぎ始める。
ヤバい。
それくらいは分かっていた。
自分が何をしているのかも分かっているし、止めなきゃならないことだって理解できる。
なのに止める気にならない。
「迦楼羅……お前と契約して……私は……アンッ……」
ケールも同じものを感じているらしい。
俺が一人殺すたび、身体を包む闇が濃くなり、さらに力が流れ込んでくる。
「一緒に死ねるなんて……ハァ……幸せだよ……」
「俺もだ……相棒だな……クククッ、ギャーハッハッハッハ! 何人イカせたよぉ、俺は!?」
「フッフッフ……今、五百人と少しだ……まだ私を楽しませてくれるんだろう?」
「当たり前だろぉ!」
南地区へ入ってから、景色そのものも変わっていた。
森を抜けた先には、俺の知っている時代が滅茶苦茶に混ざったような町が広がっている。テレビで見た昔のアメリカみたいな家の隣に昭和の日本家屋があり、その中を覗けば現代でも普通にありそうな便器や家具が置かれていた。
本来なら、この世界の謎に直結する光景なのかもしれない。
だが、今の俺にはどうでもよかった。
アダムの館じゃないと分かっている家の扉へ体当たりし、そのまま中へ転がり込む。
「助けてください!」
「私は元々、東地区の冒険者で――」
聞こえている。
意味も分かっている。
こいつがアダムじゃないことだって、最初から分かっていた。
「……アダムかい? お前は」
「えっ?」
自分で吐いた言葉に、笑いそうになった。
そんなわけがねえ。
でも俺がアダムだと思えば、アダムを殺したことにできる。
今だけは、それで十分だ。
刀を振り下ろした瞬間、頭の中がまた静かになる。
ああ、気持ちいい。
だったら次もアダムでいい。
この町にいる奴を全部アダムだと思えば、俺は何も悪くない。
そんなクソみたいな理屈だと自分でも分かっているのに、身体の中から湧き上がる欲求は、それを最高の正解として受け入れていた。
このままずっと続けばいいとすら思い始めた頃、俺にも分かるほど周囲から人の気配が減っていた。
夢みたいな殺戮タイムにも、そろそろ終わりが近づいているらしい。




