10話 成長と作戦
◇
俺たちはそれぞれの精霊と誓約を含んだ契約を結び、新しい力を手に入れた。
ステータスを確認すると、三人とも伸び悩んでいた数字が三倍以上に跳ね上がっている。
「ちょっと待ってよ。なんでミヤビがそこまで上がってんの?」
「えへへ〜、すごいでしょ?」
「アタシより全然高いじゃない!」
特に元々の数字が低かったミヤビは、俺にかなり近いところまで来ていた。
「数字だけで俺と同じように戦えるわけじゃねえけどな」
「分かってますよぉ〜。私は回復役ですから!」
エリーの変化は、数字より動きを見た方が分かりやすかった。
元々速かったが、今はそこから無駄な動きまで消えている。木々の間を抜ける姿を追っていると、人間が走ったというより、風だけが通り過ぎたように見えた。
「……なんかムカつくくらい綺麗に動くようになったな」
「褒め方が気に入らないわね」
だが、それで北地区が楽になったわけじゃない。
試しに近くにいたグレイスドラゴンへ挑んでみると、最初に飛び込んだエリーの斬撃は確かに速かった。以前なら目で追えていた動きが途中から消え、気づいた時には巨体の反対側へ抜けている。
俺も【瞬天】で一気に懐へ入り、エリーが斬った箇所へ重ねるように刀を叩き込んだ。
それでも、鱗が割れただけだった。
「硬ったぁ!」
「三倍になってこれかよ!」
グレイスドラゴンが身体を振っただけで、ぶち当たった尾が木をへし折った。躱した俺の横を巨体が抜け、今度はエリーへ向かって地面を蹴る。
「エリー!」
「見えてるわよ!」
正面から突っ込んできた巨体をエリーが風に押し出されるような速さで躱し、その首へ斬りつける。俺も反対側から続いたが、深く斬り込んでも致命傷には程遠い。
「まだ死なないのぉ!?」
「俺に聞くな! 俺だって思ってるわ!」
「これ一匹に何時間かける気よ!」
攻撃を受ければミヤビの【絶対守護】に助けられ、傷を負えば治してもらい、俺とエリーは硬い鱗を少しずつ削りながら同じ場所へ何度も刀を入れた。
結局、首を斬り落とすまでに二時間近くかかった。
地面へ崩れたグレイスドラゴンを見下ろし、俺は刀についた血を払って鞘へ戻した。
「……よし。北の攻略はやめよう」
「判断早っ!」
「こんなの一匹ずつ相手にして南へ行くのが遅れたら本末転倒だろ。ただ、このまま帰るのも勿体ねえ」
北に使う時間を半月と決めた。
それ以上先へ進む気はない。戦える相手だけを探し、精霊契約で得た力を身体へ馴染ませる。
ステータスが三倍になったところで、昨日までできなかったことが全部できるようになるわけじゃない。結局は実際に使い、失敗しながら覚えるしかなかった。
◇
半月後、初心者の町へ戻ると、こっちも戦争の準備がかなり進んでいた。
「迦楼羅! 僕もかなり伸びたぞ。ほら!」
会って早々、リリーが嬉しそうにステータスを見せてくる。
「うわ……倍くらいになってんじゃねえか」
「だろう?」
「今の俺たちよりちょっと低いくらいか。お前も大概だな」
「ふふん。もっと褒めてもいいぞ」
俺たちが精霊と誓約までして三倍以上に跳ね上がったというのに、リリーはそれを自力で追いかけてきている。
「迦楼羅さん、私も見て?」
「お前もかよ……」
続いてマリムのステータスを確認すると、こっちはリリーとほとんど変わらなかった。
俺たち三人、リリー、マリム。
南へ行く前に、少なくともこの五人は完全に別格の戦力になったらしい。
「くぅ! 迦楼羅さんを越えたと思ったのに、まだまだかー! 悔しいなあー!」
「アタシもリリー見て、どんだけ伸ばす気よって思ってたけどね。途中から競うのやめたわ」
「諦めたのか?」
「マイペースに切り替えたのよ!」
「同じようなもんじゃねえか」
「違うわよ!」
強くなっていたのは俺たちだけじゃない。ターシャ商会の訓練場を使っていた冒険者の中にも、俺がアダムに殺された頃のステータスを越えている奴が何人かいた。
だが、それ以上に変わっていたのは町の空気だった。
『南の連中がどれだけ強かろうが知るか! 一人くらい道連れにしてやる!』
『一人で満足すんな! 二人殺せ!』
『お前が先に死ぬだろ!』
武器を手入れする奴、訓練場で身体を動かす奴、仲間と作戦を話している奴。
死ぬのが怖くなくなったわけじゃない。
それでも、アダムに町を潰された時とは違った。
誰も下を向いていない。
「……いいじゃねえか」
「なにが?」
「みんな、やる気だけはある」
「だけって言うな!」
近くの冒険者から怒鳴られ、周囲から笑い声が上がった。
ただ家畜として百人ずつ南へ差し出されるより、こっちの方がよっぽど俺の好みだ。
◇
「えっ? 全員?」
「そう。全員出撃だ」
俺の案を聞いたマッソが眉を寄せた。
「迦楼羅殿、それはいくらなんでも……」
「俺たちは元々、十年で死刑だ。南に頭を下げたって、その時間が少し延びるわけでもねえ」
残っている人間は二万人ほど。
戦える奴だけを連れていけば、町に残した連中が狙われる。だったら最初から全部持っていく。
「ルールは二つだ。南の奴らは基本的に敵。ただし、元々東西にいた奴が捕まっていて、命乞いしてきた場合だけは捕虜にする」
「人情がありますからな……判断を誤る者も出るでしょう」
「だから捕虜はマッソに任せる」
「私ですか?」
「ああ。一度家畜として扱われた奴でも、今どっち側にいるかなんて分からねえ。一人を信用したせいで百人死ぬなんてのは御免だ」
マッソはしばらく考えたあと、頷いた。
「……分かりました」
「頼む」
◇
話を終えたあと、俺はリリーたちが使っている部屋へ向かった。
扉を開けると、カルロは一人で椅子に座り、テーブルに広げた紙へ何かを書いていた。俺に気づくと顔を上げ、すぐに椅子から降りてくる。
「父さん、おかえり!」
「ああ。ただいま」
南へ行けば、俺がまた帰ってこられる保証なんてない。
アダムには一度殺されている。今度は強くなったから大丈夫だなんて、そんな都合のいいことを考えられるほどアイツとの差を忘れちゃいない。
「カルロ、ちょっとこっち来い」
「なに?」
目の前まで来た息子へ、俺は指を差し出した。
「俺の血を吸え」
「えっ? 父さんの?」
「ああ」
「いやあ、さすがに父さんのは……悪くて吸えないよ」
「いいから。持ってけるもんは持ってけ」
カルロは困った顔をしながら俺の指へそっと歯を立て、なるべく痛くしないようにしているのか、少しずつ血を啜った。
やがて口を離したカルロが、自分のステータスを開く。
「これが……父さんのスキル?」
「ああ。ろくでもねえのもあるけどな。気に入ったのがあれば使ってくれ」
「うん……ありがとう」
俺のスキルがカルロの中に並んでいる。
自分で覚え、散々使ってきたものを息子が持っているのを見ると、なんとも変な感じだった。
南で俺が死んだとしても、これだけはコイツに残る。
「守ってやれねーのは心苦しいが、カルロは男だ。母さんの手助けをしてやってくれ」
「分かった! 母さんは僕が守る!」
「ははっ、その意気だ」
頭に手を置くと、カルロは嬉しそうに笑っていた。
俺はその顔をしばらく見てから手を離し、部屋を出た。




