8話 死神の求愛
「ケールさあ? なんとかそこを頼めねえ? コイツ今は酔っているけど、普段は頑張り屋さんだし、頭も良いから合うと思うんだけど」
「精霊契約は精霊側にもメリットはある。その隣にいるお嬢ちゃんの精霊もそうだろう?」
「出していないのに分かるのか?」
顔のない闇が、ミヤビの方へわずかに傾いた。
「だから見えると言っているだろう。お前の名前はガルーダだろ?」
「いや、日本語読みで迦楼羅だ」
「私の要望は、お前となら契約してやるよ」
「はっ? 俺が精霊と? 魔法とか興味ねえし、なによりもお前も自分の力が俺じゃ活かせんだろ?」
ケールの足元から伸びた影が、焚き火の明かりとは関係なくゆっくりと揺れている。
「お前がいうか? 私から言えば魔法なんてものはハッタリなものばかりじゃ。本当の力はうちに秘めたる【残虐性】じゃぞ? 分かっているだろう? 迦楼羅よ」
「んー、たまに技が遠くへ飛べばいいのにとか思うけど、その辺はよく分からねえ」
「勘の悪いやつだな……私は見えると言っているだろう? 見えるということは、己の強さに直結しないのかい?」
「!?」
見える定義は曖昧だが、行動が読める、動きが見える、相手が見えると考えれば動きも変わる。それは、超白兵戦の能力に全振りした俺にとって、メリットが大きいのは確かだ。
「代償は?」
「なにも命を削ろうというわけじゃないよ……ただ、私と契約して耐えられるかだ……ヒッヒッヒ」
外套の奥は相変わらず真っ暗なのに、笑い声だけがやけに近くから聞こえた。
いや、最後笑うな! それが怖えって!
「そしてなによりも、急ぎの用事があるんじゃないのかい?」
「ああ、もう一つだけ聞こう。察するに南地区のことは知っているようだな、勝てるのか?」
ケールの黒い翼がゆっくりと開き、月明かりがその輪郭だけを縁取った。
「あの人間に勝てないくらいなら、ここから北に行けばお前らは即死さ」
「ええ? 迦楼羅さんを殺したアダムに勝てないと? どんなところなのよ、北の地区って」
ミヤビがそう言っても、ケールはそちらを見ようともしなかった。顔などないはずなのに、ずっと俺だけを見ているような気配が消えない。
「オーケー、分かった。俺がお前と契約をするよ」
「ヒッヒッヒ……それじゃあ遠慮なく」
ケールの身体が黒い靄へほどけるように消えた。
同時に、胸の奥へ何か得体の知れないものが入り込んでくる。
熱いわけでも冷たいわけでもない。ただ、自分の身体ではない何かが内側にいるという感覚だけが妙にはっきりしていた。それは胸から腹、肩から腕へとゆっくり広がっていき、指先まで届いたのを感じたところで――
「グハッ――」
「キャーッ! 迦楼羅さん!?」
「おい、迦楼羅! しっかりしろ!」
口から血が噴き、膝から地面へ崩れた。
身体の中を細い刃物で何度も切りつけられているような鈍い痛みが、逃げ場もなく全身へ広がっていく。皮膚の表面ではなく、筋肉の奥も骨の周りも関係なく、身体中を内側から刻まれているようだった。
声を出そうとしても息しか漏れず、そのまま意識が途切れた。
◇
「はっ!?」
目を開けると、テントの天井が見えた。
すぐ横ではミヤビとエリーが並んで眠っている。俺の上半身の服は大きく乱れ、ほとんど脱がされた状態になっていた。
「なんだこれ……」
服を戻そうと身体を起こした途端、昨夜の痛みが全身に残っているのが分かった。あの時ほどではないが、身体を動かすたびに奥の方が鈍く疼く。
「ミヤビ……エリー……」
どうやら俺はそのまま気を失い、二人にここまで運ばれたらしい。
二人の髪を軽く撫でると、それに気づいたようにゆっくり目を開けた。
「無事でよかった――」
「無事?」
『私が説明してやろう!』
「うわっ!」
声のした方を見ると、いつの間に現れたのか、ケールが俺の目の前でふわふわと浮かんでいた。
「ヒッヒッ……お前さんは私と誓約も含めて契約したからねえ。だから私がお前さんの身体へ入っただろ?」
「ああ……なんかアプサラスの時とはちと違うなあ、くらいにしか思ってなかった」
「水の精霊か……あれも誓約を含めれば、内容によって痛みは変わる。お前さん、闇だから痛かったとか思ってそうだからなぁ?」
「うん。イメージ悪いからな! ケールは」
「イメッ……まあ良い」
顔なんてないのに、明らかにムッとした空気だけは伝わってくる。
「ひよっこのお前さんがアダムを倒せるくらいまで私を使うには、命をもらったよ」
「えっ? なんだ、じゃあ嘘だったのか! 代償ないって!」
「お前さんが契約を反故にすれば、お互いにロストする。そして迦楼羅、お前さんの肉体の寿命が尽きれば私もロストする」
「えっ……じゃあ……ケールのメリットなくないか?」
ケールの黒い外套が、風もないテントの中でゆっくり揺れた。
「――死神が恋すれば、代償はむしろ私に不利になる場合が多い。闇の力というのは、そういうものだってことじゃ」
若い女から老女まで混ざったような聞こえ方をするケール声はその時、若い女性の切ない声に聞こえた。
◇
「なーケール? その風の精霊は北にいないのか? 東西だと弱そうだから北を周りたいんだけど、周辺の敵でも俺ら全滅するのか?」
朝になっても林の景色はほとんど変わらず、薄い霧の向こうに似たような木々が続いている。夜が明ければ少しくらい違って見えるかと思ったが、出口のない場所に閉じ込められている感覚は消えなかった。
「お前さんは契約したから、ある程度対処できると思うが、二人の娘さんじゃ全く歯が立たんじゃろな」
「じゃあもうここにいる意味ないってことぉ?」
とはいえ俺も歩けてはいるものの、身体中にはまだ痛みが走り続けていた。昨夜ほどではないが、筋肉の奥や関節の周りに鈍い痛みが残っていて、気合でどうにかなる程度ではない。普通に歩く分には誤魔化せても、戦闘になった時にいつも通り身体が動くかは正直自信がなかった。
「いや、呼べばいいじゃろ? 風なんだから」
「えっ? そんなことできるの?」




