7話 超!脱出ゲーム
◇
「それなら♪」
食事を終えると、ミヤビが楽しそうに荷物をガサゴソと漁り始め、底の方から大きめの瓶を一本取り出した。
「ジャーーーンッ! 前に魔王城でもらったお酒でも飲んじゃいますか?」
「うおっ! ミヤビ、よく持ってきたな!?」
「いやあ、さすがにあれだけ亡くなった人がいる前では出せないけど、ここなら良いかなと♪」
「いいねえ! アタシもいただくよ。湿っぽい空気に飲まれて、こっちまで気が滅入ってたんだ」
「おお! ここは景色も綺麗だし、今日のお月さまなんか真っ黄色でまんまるだ! 一杯やろう!」
林に囲まれた草地には焚き火の明かりしかなく、その向こうでは昼間と変わらない似たような木々が黒い影になって続いている。頭上だけは開けていて、黄色く膨らんだ月が不自然なくらい鮮明に浮かんでいた。
エリーがキャンプ用の大きなコップを三つ並べ、ミヤビが嬉しそうに酒を注いでいく。
「じゃあとりあえず、かんぱ~い♪」
「「「うっ!?」」」
口に入れた途端、喉から胃まで熱が走った。
「ぷは〜、これめちゃくちゃ濃いーですね」
「ああ、アタシもビックリした。魔王城の奴ら、こんな濃いの飲んでるのか?」
「俺も久しぶりにこんなの飲んだ。テキーラみてーだな」
それでも飲み始めれば止まるわけもなく、瓶が減るほど声は大きくなっていった。
気づけば、俺たちは完全な大酔っぱらいだった。
エリーは焚き火の向こうで何やら小難しい話を始めたかと思えば、途中から自分でも何を喋っているのか分からなくなったらしく、最後には何故か泣いている。ミヤビはそれを笑いながら慰めているのか煽っているのか分からないし、普段なら滅多に酔いつぶれない俺も、今日ばかりは身体の芯まで酒が回っていた。
そんな中、一番酔っているミヤビが俺の肩へ寄りかかり、そのまま耳元へ口を寄せた。
「ここで……しちゃう?」
「あーミヤビ! 聞こえたー! 平等条約忘れたの?」
「おいおい、外だぜ?」
「いーじゃん、誰もいないどころか、死体すら転がってないんだからー」
「やだよー! せめてテントに入ろーよ」
「いやいや、お前らなー」
『ぬぬぬぬぬぬ……』
「はっ? エリー、なんか言ったか?」
「だからテントだよ! 外なんてアタシやだからね!」
『おまえらぁ……』
「ん? やっぱなんか女の声が聞こえねーか?」
「迦楼羅さん酔っぱらってるんじゃないのー?」
そう言いながらミヤビが俺へ抱きついてくる。
そのとき、焚き火の熱とは違う、妙に皮膚を刺すような気配が顔の横を撫でた。
俺はくっついてきたミヤビを引き離そうとした。
「いや〜ん♪ こんなとこ触って〜! やる気じゃないですかー♪」
『こんなじょーきょーで、イチャつくなー!』
今度は林全体へ響くほどの声だった。
さすがに二人も気づいたらしく、ふらつきながらも武器を取る。
焚き火の向こうの景色が、水面を指で掻き回したようにゆがみ始めた。月明かりに照らされていた草地が歪み、その向こうから別の森が重なるように姿を現していく。
さっきまで何もなかったはずの地面には、人骨らしき白いものがいくつも転がっていた。
「うーわっ! なんか出てきたよ?」
「えっ、エリーちゃん! なんかヘビいるよ?」
「はっ? マジ? やだー」
どうやら二人とも、まだ酔いはまったく抜けていないらしい。
キャッキャと騒ぐ二人の向こうで、黒い影が地面から染み出すように膨らんでいった。
『貴様らが初めてだよぉ〜? 私がここに身を潜めてから、出口のない部屋から出たのは』
影はやがて人の形を取り、俺たちの前へ浮かび上がった。
黒いボロ布を幾重にもまとったような外套。その内側には顔どころか肌すらなく、覗き込んでも光の届かない闇があるだけだった。背中から伸びる黒い翼は左右で形が違い、羽というより夜そのものを引き裂いて貼り付けたように見える。
手に持っているのは大鎌だった。
柄も刃も妙に歪んでいて、見る角度によって刃が一本にも二本にも見える。
どう見ても、いわゆる【死神】だ。
「あー死神が喋ってるー! うわっ! 転がってるガイコツもいっぱいだよー?」
「どーしましょ? 迦楼羅さん? 死んだのかな? 私たち? 死んだ?」
「……いや、あのぅ……」
死神みたいな奴の方が困っていた。
「まあ、コイツらの話は聞かないでくれ。悪かった。それより、なんでお前はこんなことを長年続けてんだ?」
『そりゃ、人々を苦しめるのが闇の者の使命だからさ』
「ほう。するてっと……やっぱり死神さんか?」
『神ではない。闇の精霊ケールだ』
「マジか!? いやー、こんな早く会えるとは俺ってばついてるなあ! 闇の精霊か! 第一希望だったよ」
『ええ?』
顔なんてないのに、ケールが引いたのだけはなぜか分かった。
「いやな、ここにいる忍者がエリーっていうんだけどさ。闇の精霊とかと契約できねーかなーって思ってたんだよ。そしたら来るからさ? いなかったら火とか炎とか、そういう類を探すかと思ってたから俺は嬉しくてよ」
自分でも喋り終えてから、妙に言葉数が多かったことに気づいた。
俺も思っている以上に酔っているらしい。
ところがケールは俺の話を馬鹿にするでもなく、黒い外套を引きずりながらエリーの前まで滑るように近づいた。
顔のない闇が、上から下までエリーを舐めるように眺める。
『こーんな小娘の殺害数じゃ期待できないわ。それに見たところ、どう考えても風とか、そういう類の精霊を探すのが定石でしょ』
「えっ? そうなの? ってか分かるの?」
『そりゃ神じゃないけど、それくらいはねぇ……フッフッ』
女の声なのに、笑い声だけが何重にも重なって聞こえた。
酔っているせいじゃない。
多分、こいつは普通に気味が悪い。




