6話 プチ家出
◇
「待たせたね……って誰? その女は? お姫様?」
「あっ? やっぱりそう見えるか。俺が適当に可愛いやつを選んだらこんなのになっちまったが――マリムだ」
「ええ? 僕がいなくなった一昨日から急に!?」
リリーはカルロを連れて到着し、昼頃には後を追うように五百人ほどのモンスタークラスも初心者の町へ集まってきた。
「見ての通り、ここにある死体をマリムは吸収できる。説明は後だ! リリーもカルロも、とにかく食べまくってくれ」
モンスタークラスといっても際限なく食えるわけではないらしく、夕方になる頃には、皆が膨れた腹を抱えて道端にぶっ倒れていた。
リリーとマリムを除いて。
(リリーが魔王と呼ばれた理由が、少し分かった気がする)
ただ、食えるだけ食って終わりにはしなかった。
リリーが決めたことなのか、残った骨は一つ一つ丁寧にまとめられ、動けるモンスターたちが協力して町の外へ運んでいく。日が落ちる頃には、そこへいくつもの墓が並び始めていた。
三日目の朝には残りのモンスターたちもほぼ到着し、同じ作業を繰り返しているところへ、今度は東西から冒険者を先頭に人が集まり始めた。
襲撃を逃れた連中の多くは、冒険者の町まで避難していたらしい。
「迦楼羅! 外のお墓は全部リリーたちが作ってくれたの?」
「ああ。それも含めて、集まったヤツらに伝えたいことがある。中央広場に誘導してくれ」
◇
中央広場には、冒険者だけでなく、町で商売をしていた者やリタイアした者、獣人やエルフ、それにモンスタークラスまで集まっていた。
「みんな! まず俺は南地区のアダムと名乗るヤツに一撃で負け、ハートを持ってかれた! マジで強えかった」
『知ってるぞー! エリーが説明してくれた!』
「そうか。なら話は早い! 戦争をするぞ」
広場を埋めていた声が消えた。
「それと……遺体は申し訳ないが、モンスタークラスの連中に俺の独断でいただいてもらった」
残った人たちは誰も何も言わなかった。
家族や仲間を失ったヤツだって、この中にはいるだろう。本来なら墓へ入れるはずだった身体を、俺は本人たちの許可も取らずに食わせた。
必要だったとは思っているし、今さら撤回する気もない。
だが、それを納得しろとまで言うつもりもなかった。
『墓を作ってくれてありがとなー! 魔王!!』
後ろの方から飛んできた声に、リリーが顔を上げた。
『俺からも礼を言わせてくれ!』
『あんなに墓作るの大変だったろ! ありがとな!』
今度は別の場所から声が上がり、それが広場のあちこちへ広がっていく。
「いや……」
リリーはそこまで言ったところで俯き、顔を隠すように深く頭を下げた。肩から垂れた髪の隙間から、地面へ雫が落ちている。
『大将! もう理解はしてるつもりだ!』
『そうだ! 家畜なんて御免だ! 指示してくれ、俺たちゃ何をすればいい!』
他からも次々と声が上がり、横にいたエリーとミヤビ、それにマリムまで目元を濡らして頭を下げていた。
「俺は奴を殺しに行く! 皆殺しにするつもりだ! だが、お前らを守りながらそんなことはできねえ! だからリタイア組も含めて、全ての町から全員徴兵するぞ!」
今度の沈黙は長く続かなかった。
前の方にいた誰かが叫ぶと、それに引っ張られるように広場のあちこちから声が重なっていく。
『やってやるぞー!』
『南の奴らに家畜じゃねえって教えてやれ!』
『俺も行く!』
人間も、エルフも、獣人も、ついさっきまで死体を食っていたモンスターたちまで、それぞれの声で騒ぎ始めた。
◇
「なんか久しぶりか? このパーティで動くのは」
「そ〜ですね〜! いつも一緒にいるのに、なんか新鮮だねぇ」
俺は町とマリムをリリーに任せ、エリーとミヤビを連れて旅に出た。
「で――そろそろ教えてくれないの? どこ行くか」
「ああ、言ってなかったな。精霊を探しに北へ行く」
「北へ? 大丈夫なのぉ? 北も行った人、帰って来てないんでしょ?」
「知らん。だが、どのみち今の俺たちじゃアダムに百パー負ける」
「まさか、勝てないのに戦争するって言ったの?」
「どうだろなぁ。いつだって俺たちが、勝てるから戦ってたことなんてあったか? それに死なないために生きてきたのは、俺だけじゃなく全員同じだと思うぞ」
「そうだねぇ〜。私なんか最初から超スパルタだったもん。昭和か!?ってくらい」
「あはは! そうだ、アタシなんか一回死んだわ!」
「だから四の五の言わないで、できることをやる。それっきゃねーだろ」
初心者の町から北へ伸びる街道は、進むほど人の手が入った跡を失っていった。荷車が通れるほどあった道幅も少しずつ狭まり、両脇から伸びた草が足元へ入り込んでくる。
空はどこまでも青く、風に揺れる草木まで妙にくっきり見えた。これから戦争を始めようって時だというのに、そんな日に限って世界は腹が立つほど綺麗だ。
エリーはいつものように周囲を警戒し、ミヤビはその隣で何かしら喋り続けている。俺は二人より少し前を進みながら、まだ地図にもまともに記されていない北の景色を眺めていた。
いつの間にか、背後から町の気配は消えていた。
◇
北と中央を隔てる林の境界を越えた。
背の高い木々が続き、その向こうに人の住む気配も町らしきものも見えない。帰り道を失わないよう周囲を確かめながら進んでいると、やがて林を抜け、その先に開けた土地が現れた。
だが、そこを進めばまた林があり、それを抜ければ再び開けた土地が出てくる。
「おかしいな……ループしている?」
「うーん、違う林にも見えなくもないけど……」
木の並びや地面の起伏は少しずつ違う。まったく同じ場所へ戻っているわけではなさそうなのに、どこまで進んでも林と開けた土地だけが同じような間隔で繰り返される。
試しに来た道を戻っても、東へ進んでも、西へ進んでも結果は同じだった。
「ええ? もしかして私たち閉じ込められた? 変なところに?」
完全に同じ場所を回っているわけじゃない。
なのに、どこへ行っても景色の作りだけが繰り返され、気づけば初心者の町へ戻る道すら分からなくなっていた。
◇
あれこれ試しているうちに日が傾き、木々の間へ差し込んでいた光もだいぶ弱くなってきた。
闇雲に歩き回っても仕方がないので、とりあえず簡易テントを張り、早めに飯にすることにした。
「迦楼羅さ〜ん、これが誰も戻ってこない理由なんじゃないの〜?」
「う〜ん……でも死体とかないぜ?」
「そういえばそうだ。なんでだろう……アタシたちがどこに行っても変わらないだけ?」
「ああ。だから飯にする」
「なんで飯がカンケーあんのよ!」
焚き火の上で肉を焼きながら周囲を見ても、林の奥から何かが近づいてくる様子はない。
「いや、誰かがわざとこうしてるなら、向こうにも理由があるだろ。俺たちを殺したいなら、とっくに出てきてる」
「じゃあ、待つの?」
「そういうこと。何かいるなら、そのうち向こうから来るだろ。ほら、肉焼けたぞ」
「これ、町の人の肉じゃないよね?」
「さあ、食ってみれば分かるんじゃね?」
「迦楼羅さ〜ん……冗談になってないよぉ〜」




