4話 宣戦布告
◇
「んー、創造主の作った中で、これだけは壊せませんね」
声のした方を見ると、崩れた町の中に一人の男が立っていた。
頭の高い位置で束ねられた赤褐色の長い髪が、扇みたいに大きく広がっている。俺より少し若いくらいだろうか。背は高いが細身で、青白い顔に切れ長の目と薄い唇。紫と赤を幾重にも重ねた服は俺の着物にも似ているが、こんな格好で町を歩いていたら嫌でも二度見する。
男が片手を建物へ向けると、掌の前へ紫色の光が集まり、バチバチと弾けながら球状に膨れ上がった。
キュィィィィン……ドンッ!
光が直撃し、腹の底まで響く轟音と一緒に土煙が巻き上がる。
俺たちが町へ近づいている時から何度も聞こえていた音だ。
だが、土煙が晴れても建物には傷一つついていない。
「やっぱりダメですか」
腹を立てるでもなく、男は実験結果でも確かめるように建物を眺めていた。
その後ろには、俺が通っていたバーも宿屋も残っていない。ミヤビと出会った場所も、何人もの人間が殺された死刑台のあった広場も瓦礫に埋まり、あちこちに誰だったのかさえ分からないほど焼けた死体が転がっている。
これをやった本人だけが、返り血一つ浴びずに立っていた。
「……お前が俺を呼んだのか?」
男がこちらを振り返る。
「アダムと言います。端的に説明します。そこに転がっている男に、この子が一度殺されました」
アダムの隣には子どもが座っていた。
こんな町の惨状を目の前にしているというのに、泣きも怯えもせず、ただ無表情で俺たちを眺めている。
「今まで家畜に殺される者はいなかったのですが、とうとう家畜が殺人という罪を犯したので、二万人ほど駆逐させてもらいました。あなたが東西を統一して、少しは家畜もまともになるかと思ったら、早速殺人事件です」
焼け落ちた町を見回しながら話しているのに、アダムの口調は今日の天気でも説明しているように穏やかだった。
「どうでしょう。全滅するか、平伏するか。答えは?」
「【虐殺】!!」
黒いオーラが全身から噴き出し、跳ね上がった心臓が身体中へ無理やり血を送り込む。
地面を蹴り、そのまま一気に間合いを潰して刀を抜いた。
「おや? 思ったより話の分からない男でしたねえ」
刃が首へ届く寸前、アダムが俺へ掌を向けた。
紫色の光が見えた。
そこまでだった。
ズガァァァァァァァン!!
気づいた時には身体が宙を飛び、背中から建物の残骸を突き破っていた。殴られたような感触すらない。身体全部を真正面から押し潰されるような力に吹き飛ばされ、石畳へ叩きつけられてからも勢いは止まらず、そのまま地面を抉りながら転がっていく。
「がっ……!」
ようやく止まった頃には息を吸うこともできず、手足がどこにあるのかさえ分からなかった。
それでも視界だけは残っていた。
俺が吹き飛ばされてきた跡は、紫色の光に抉られ、町を一直線に貫いている。
その遥か向こうで、アダムは最初に立っていた場所から一歩も動かず俺を見ていた。
【虐殺】まで使った俺が、首へ刀を届かせることすらできなかった。
◇
「うっうっうっ……起きてよー、起きて……」
「なんで生き返らないの? ハートは残ってるはずなのに!?」
「行く前に殺される奴があるか! 僕を置いていくな!」
何も見えない場所で、三人の声だけがやけに遠くから聞こえていた。
身体の感覚もなければ、自分が寝ているのか立っているのかさえ分からない。ただ、ミヤビの泣き声とエリーとリリーの声が少しずつ近くなり、そのたびに意識だけが暗闇の底から引っ張り上げられていく。
ドクンッ――。
胸の奥が大きく跳ねた。
「――っ!」
肺へいきなり空気が流れ込み、むせるように息を吸った。止まっていた身体へ血が巡る感覚と一緒に視界が戻り、真っ先に飛び込んできたのは三人の顔だった。
ミヤビは泣きじゃくり、エリーも普段の余裕がない。リリーに至っては、俺のすぐそばまで顔を寄せている。
「あれ……俺は……どうした……」
「生き返ったのか? 僕の想いが伝わったのか?」
「心配させるなよ。アタシが生き返れ! って祈ったら起きたよ」
「えー!? 私はちゅ〜してあげるからって思ってたんだよ?」
どうやら俺は死んでいたらしい。
それも、コイツら三人がここまで取り乱す程度には、いつもの復活とは様子が違ったようだ。
最後に覚えているのは、アダムの掌から放たれた紫色の光だった。
「あのぉ〜、お前らに聞きてえことがまずは一つあるんだが……」
「うん! なんでも言って」
「なんで全員裸なの?」
◇
復活した直後こそ瀕死だったらしいが、ミヤビにヒールをかけてもらった今はすこぶるピンピンしている。
問題は、アダムに吹き飛ばされたのがついさっきではなく、一週間前だったことだ。
ハートは残っていたにもかかわらず、俺はその間ずっと生き返ることも死ぬこともなく、三人いわく『生死を彷徨っていた』らしい。
なぜ目を覚ました時に全員裸だったのかは、もう追及しないことにした。
俺が寝ている間、エリーたちはアダムが残した書状と、死刑台の前へ放り出されていた忍の男から南地区について調べていた。
書状も読んでみたが、難しい言葉ばかりでさっぱり頭へ入ってこない。仕方なくリリーとエリーに噛み砕いてもらったところ、俺が想像していた以上に南地区はイカれた場所だった。
忍の男は仲間と一緒に南へ潜入していた。
そこで捕まった仲間たちは牢へ入れられたわけでも、すぐ殺されたわけでもない。荷物を運ばされ、家事をさせられ、機嫌を損ねれば女は犯され、場合によっては食われる。
つまりアダムが俺たちを『家畜』と呼んでいたのは、悪口でも比喩でもなかった。
本当に牛や豚と同じ扱いをしている。
忍の男だけは密偵能力を使って捕まらず、南の内情を調べ回っていたが、逃げる途中でアダムの近くにいた子どもを人質に取った。
忍刀を首筋へ当てられた子どもは、怯えるどころか、
『殺せよ』
そう言って、自分から刃を掴み、そのまま首を切ったらしい。
それがアダムの言っていた『家畜による殺人』だった。
子どもはハートで生き返った。
なのにアダムは、その報復として初心者の町へ来て、二万人近くを殺した。
話はそれだけではなかった。
俺はこれまで、ゲームへ参加した人間は全員あの初心者の町から始まるものだと思っていた。
参加した時点で選別され、現実世界でいわゆる『天才』と呼ばれるような一部の人間だけは、初心者の町を通らず最初から南地区へ送られている。
しかも南の人間には、俺たちに課せられている十年後の死刑がない。
俺たちが三つしかないハートを削り、いつ来るかも分からない死刑に追われながら東だ西だと駆け回っている間、南の連中は何年どころか何十年もかけて町や農地を作り、独自の文化まで育てていた。
それだけなら、ただ羨ましいだけで済む。
問題は、アダムが俺たちへ突きつけてきた条件だった。
一、東西にいる全ての人間は南地区へ侵入しないこと。
一、家畜として月に一度、百人前後を献上すること。
一、現在東西を統治していると思われる迦楼羅の責任において、残りの期間これを納め続けること。
従わなければ『お仕置き』をする。
二万人近く殺しておいて、戦争でも処刑でもなく、お仕置き。
そこだけは俺にも分かりやすかった。
「……月に百人?」
「前後って書いてあるわ。人数まで家畜の出荷みたいな扱いね」
「目的は?」
「労働力、食料、それと……まあ、色々ね」
エリーが最後を濁した理由くらい俺にも分かる。
俺に残されている時間は八年ほどだから、毎月百人なら一万人近い人間を南へ送ることになる。
しかも向こうにとって、百という数字に大した意味なんてないのだろう。足りなくなれば増やす。その程度にしか見ていない。
「断ったら、またアダムが来るのか?」
「多分ね。『お仕置き』なんて言い方をするくらいだから、向こうは戦争するつもりすらないんじゃない?」
「だろうな……」
俺も実際に会って、同じように感じていた。
アダムは初心者の町を一人で壊滅させ、二万人近く殺しておきながら、俺たちと戦争を始めたつもりなんて欠片もない。
飼っている動物に噛まれたから、一発蹴り飛ばして躾けた。
アイツにとっては、恐らくその程度の出来事なのだ。
「迦楼羅、どうする?」
リリーに訊かれ、俺は天井を見上げた。
正直、今の俺ではアダムに勝てる気がしない。【虐殺】を使って真正面から首を狙い、それでも何をされたのか理解する前に一撃で殺された。
しかも、あれほどの化け物が南地区にアダム一人しかいないという保証すらない。
「……とりあえず、一週間も寝てたんだろ? 腹減った」
「はあ!? 今その話する!?」




