3話 四人目のパーティ
◇
【魔王城 庭園】
俺とリリーが散々壊してきた庭園には、最初に訪れた頃の面影がほとんど残っていない。踏み荒らした芝も、吹き飛ばした石畳もそのたびに修復され、今では何事もなかったように花まで咲いている。
「ういっ! チェックメイトだな」
俺がこの世界に入ってから二年が過ぎようとしていた頃、ようやく倍増したサキュバスのリリーに勝てるようになった。
最初は動きを目で追うことすらできず、城から湖まで吹き飛ばされた相手だ。それから二か月、何度負けても繰り返し戦い続け、ようやく俺の身体がリリーの速さについていけるようになった。
今だって十回やれば何回かは負ける。それでも、今日は俺の刀が先にリリーの喉元へ届いた。
「それでこそ僕の旦那さんだな」
「そう言ってもらえて助かるよ、リリー」
「こらー! 平等だぞ! 平等!」
「ちゅ〜したらエリーがまた怒るよー!」
強くなったところで、女三人の力関係にまで勝てるようになるわけではないらしい。
◇
「ちょっといいか?」
会議が終わり、俺たちが【ターシャ商会 無限平原支店】に戻ろうとしたところで、リリーに呼び止められた。
さっきまで一緒にいた側近たちの姿はもうなく、長い廊下には俺たちとリリーしか残っていない。わざわざこのタイミングを待っていたらしい。
「迦楼羅と出会ってから色々、僕なりに試行錯誤はしたんだけど……一つお願いがあるんだ」
「だったらさっきの会議で言ってくれれば――」
「いや、側近は反対しているんだ」
なるほど。それで人払いまでしたわけか。
「聞こうか」
「マリム! 来て」
リリーが廊下の奥へ声をかけると、柱の陰から小さな顔が半分だけ覗いた。
しばらく俺たちを窺っていたが、リリーにもう一度手招きされると、ようやく姿を現す。見た目だけなら人間の幼い女の子と大差ない。ただ、歩くたびに半透明の髪の先が水のように揺れ、光を透かして床へ淡い影を落としていた。
マリムはリリーの隣まで来ると、俺たちの前で恥ずかしそうにペコリと頭を下げた。
「僕のところにいるスライム系のモンスターなんだ」
「これがスライム?」
知っていなければまず分からない。俺がこれまで見てきたスライムとは、形からして別物だった。
「ああ。半年前に部下のスライムが産み落とした分身なんだが、この子だけ成長が止まっている。普通なら成長に合わせて擬人化も進むんだが、死体を食べても戦ってもこの姿のままだ」
「他のスライムとは違うわけか」
リリーは頷き、マリムの頭をそっと撫でた。触れたところがわずかに沈み、すぐに元へ戻る。やっぱり見た目が人間に近いだけで、身体そのものはスライムらしい。
当のマリムは何も言わず、リリーの服の裾を握ったまま俺を見上げている。
「んで――どうしたらいい、俺は」
「今回の南地区の探索に連れて行ってほしい」
「いや、危険だろ?」
「分かってる。東西でやれることは一応やったが、それでも成長しなかった。このまま城に置いていても原因は分からない。それに、この子の親は……」
「――分かった。引き受けよう」
その先まで聞く必要はなかった。
「言い方を間違えた。迦楼羅と会う前の話だ」
「……ハハッ、大丈夫! 子育ての練習だ。これくらい大きければ俺でもなんとかなるかもしれない――だろ?」
マリムはまだ俺を見上げていた。
子育てなんて自信がないと、ついさっき自分で言ったばかりだ。しかも一週間後には、誰一人戻ってこない南へ向かう。
それでも、今さら前言を撤回する気にはならなかった。
「迦楼羅――」
◇
【ターシャ商会 無限平原支店 幹部室】
悲報が届いたのは、事件が起きた次の日だった。
「迦楼羅様! 初心者の町が壊滅しております!」
「なんだと!? クエストか? 東西は全て掌握していると思ったが……」
飛び込んできた男は息を切らし、服も土埃にまみれていた。町から逃げ延び、そのまま街道を走ってきたらしい。
「どういうこと? マローニさんとか……大丈夫なの?」
ミヤビが椅子から身を乗り出した。
「いえ、生存者はおりますが、まだ全員の確認までは……」
「被害状況は?」
今度はエリーが訊いた。
「町が……ありません」
「は?」
言っている意味が分からなかった。
俺の隣にいたマリムも、話の内容までは分からないのかもしれないが、部屋の空気が変わったことには気づいたらしい。さっきまで落ち着かなそうに辺りを見回していたのに、今は黙って俺たちの顔を見ている。
「建物がほぼ全て破壊されています。城壁も、中央広場も、商会の施設もです。生き残った者の多くは、襲撃が始まってすぐ町の外へ逃げた者たちで……中に残った者がどれほど生きているかは分かりません」
「そんな……」
「待って。それをやったのは何人?」
ミヤビの声に重なるように、エリーが訊いた。
「一人です」
「一人?」
俺たちが魔王城からターシャ商会へ戻っている頃に、事件は起きていた。
南地区から現れたのは、たった一人の男。
そいつは一人の冒険者を連れ、初心者の町へやって来ると、死刑台の前へ投げつけた。その冒険者は子どもと一緒だったらしい。
そこから先は、生き残った連中の話にも食い違いがあった。
剣を振ったと言う者もいれば、何をされたのかすら見えなかったと言う者もいる。ただ、共通しているのは、最初の一撃だけで町の半分が吹き飛び、続く攻撃で城壁もその向こうの建物もまとめて消し飛んだということだった。
逃げようとした者を追い回したわけでもない。男が町の中を進み、その途中で何度か攻撃しただけで、俺たちが何年も行き来してきた初心者の町は、人が暮らせる場所ではなくなった。
だから逃げられた者はいる。
男に狙われなかった。それだけの理由で。
「……一人なんだな?」
「はい」
エリーの顔から、さっきまでの軽さが完全に消えていた。
「それだけの力があるのに、逃げた人間を追ってない……じゃあ町を滅茶苦茶にすること自体が目的じゃないわね」
「相手の目的は!」
「それが……」
伝達に来た男の言葉が詰まった。
「いいから教えてくれっ!」
「はい、憚りながら申し上げます……『迦楼羅を連れてこい』と……」
「……迦楼羅さんを?」




