2話 息子誕生
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東西は、恐らくほぼ全ての場所を見て回った。
【弁慶】や【ポセイドン】のような分かりやすい中ボスは東西に一匹ずつ。それ以外の町や城、設定モンスターの生息地もほぼ把握され、以前のように無秩序だった頃とは違い、少しずつこの世界にも秩序が広がっていた。
今では多くのヤツが、限りある十年をどう生きるのか考えるようになっている。
死刑前の【介錯】もそうだ。
以前は介錯人が死刑になる者を直前に殺すだけだったが、今では前日に仲間たちと別れを惜しみ、最後はメイジに眠らせてもらってから、苦しまないよう静かに介錯する形へ変わっていった。
残された身体も、本人が生前に了承していれば魔王城の者たちが受け入れる。
このクソみたいな世界でも、死に方くらいは自分たちで選べるようになってきたということだ。
しかし、俺たちのパーティは少し事情が違った。
他の冒険者より遥かに多くの死線をくぐり抜けてきたせいで、東西にいる設定モンスターを相手にしても、ステータスも熟練度もほとんど上がらなくなっていた。
自信をつけて南北へ旅立つ冒険者も現れ始めたが、相変わらず帰ってきたヤツは一人もいない。
「ハッ!!」
四方から飛んでくる無数の触手を間一髪でかわす。
「【虐殺】!」
身体能力が一気に跳ね上がり、周囲の景色が遅くなった。
リリー――あれっ、どこだ?
【虐殺】を使っても追えない?
「ほいっ! チェックメイト」
「なっ――」
背中にとんでもない衝撃を食らった次の瞬間、身体が宙を舞い、魔王城から遥か離れた湖まで一気にすっ飛ばされた。
強くなるための敵がいないのなら、作るしかない。
そう考えた俺は、リリーに東側の【二重恩寵の泉】を飲んでもらった。
元々俺と同じくらいだったリリーのステータスは、当然ながら一気に倍。モンスター種は人間を食べる以外では基本的にステータスそのものが成長しないため、今のところ【二重恩寵の泉】だけが確認されている例外だった。
おかげで今のリリーは【虐殺】を使った俺でもまともに追えない。
だが、ここまで来ると昔みたいな楽なステータス上げは通用しなかった。
初心者だった頃なら、自分より遥かに強い設定モンスターを同じパーティの誰かが倒すだけでも、ステータスはかなり上がった。ターシャ商会でやっていたステータス上げも、それを利用したものだ。
ただ、それで伸ばせるのはある程度までらしい。
そこから先は、刀を振る、避ける、走る、攻撃を受ける、自分より速い相手を追う――実際に自分の身体で戦って熟練度を上げなければ、ステータスもほとんど動かなくなった。
筋トレと同じようなものだ。
初心者なら重いものを持っているだけでも身体は変わるが、鍛え続ければ同じことをやっていても伸びなくなる。今の俺たちは、東西にいる敵では負荷が足りなくなっている。
だから倍になったリリーのステータスは確かに化け物じみているが、それだけで戦い方まで倍になるわけじゃない。
逆に俺たちも、昔みたいに弱い冒険者を後ろへ連れて歩き、設定モンスターを代わりに殺してやるだけで、どこまでも強くしてやれるわけではない。
楽して上がるところまでは上がる。
その先へ行きたきゃ、自分で戦えってことらしい。
クソゲーのくせに、そこだけ妙に真面目だ。
◇
「おたーたん!」
「おお! カルロ! 悪魔系なのに天使ちゃん♪」
「わあ〜可愛いー! ツンツンしていいですか?」
「ミヤビ、そーっとよ! まだ泣き虫ちゃんだから」
「いやー! こうして見ると赤ちゃんっていいね」
湖から戻ると、息子のカルロが来ていたらしい。リリーの周りにエリーとミヤビまで集まり、三人で一か月前に生まれたばかりの赤ん坊を囲んでいる。
カルロはリリーによく似た小さな羽を懸命に動かし、まだ危なっかしく宙に浮いていた。俺を見つけて飛んできたものの、途中で身体が傾き、慌ててリリーが抱き止める。
「どうした? お前らリリーと仲直りしたのか?」
「仲直り? 平等条約を結んだだけよ」
エリーはそう言うと、一枚の紙切れを見せてきた。
「平等条約?」
「そっ! 海外では契約書は大事なのよぉ? 昔から一夫多妻は効率的には良かったのよ。今の私たちみたいに寿命が短いからね」
「はあ? でもカルロみてーに一か月後には生まれねーだろ?」
「そこはまだ不明だけど、ターシャさん曰く、生まれるのは早いらしいよ。数えてなかったみたいだけどね」
「そうだよぉ〜! だから迦楼羅さん、アタシとも結婚しよー!」
「いや、リリーとも俺、結婚はしてなく……いや、それはそれで俺はクズ男だな……」
「なにをいまさら〜」
またいつものようにグダグダではあるが、少し気になった。
忙しくて、人間の子孫繁栄なんて考えたこともなかった。だが思い返してみれば、山賊の村にも赤ん坊はいた。
リリーだけを見れば、現実とは比べものにならないほど早くカルロを産み、生まれて一か月しか経っていないカルロは、もう母親に似た羽でプカプカと飛び始めている。
俺はそれをモンスターだからだと思っていた。分裂して数を増やせるヤツまでいると聞いていたし、人間とは違うものだと勝手に決めつけていた。
でも、人間も同じだったら?
十年しか生きられないこの世界で、子どもだけは十倍の速さで成長するように作られていたら?
俺たちは十年で死ぬ。
けれど、俺たちが死んだら全部終わりというわけじゃないのかもしれない。
カルロがリリーの腕から抜け出し、また羽を動かした。今度はさっきより少しだけ上手く飛べたのか、嬉しそうな声を上げながら俺たちの頭の上を一周する。
この子が大きくなる頃、俺が生きている保証なんてどこにもない。それでも、もし俺がダメだったらコイツらがいる。その次もいる。
いつか俺じゃない誰かが、このクソゲームを終わらせてくれるかもしれない。
「ちょっと、な〜にボーッとしてるんですか?」
「ん? ああ、どうした? ミヤビ」
「一夫多妻のことは難しくてわかんなかったけどぉ……」
「ああ、歴史の話な」
ミヤビは飛んできたカルロを両手で受け止めると、まだ上手く畳めない小さな羽を指先でそっと直してやった。
「この世界でも、こんな幸せな空間が増えればいいな〜」
風が吹き抜け、ミヤビの長い髪がふわりと持ち上がった。髪の隙間から覗く細長い耳に光が透け、カルロを抱いたまま笑っている横顔が、なぜか目を逸らせないほど綺麗に見えた。
コイツ、こんな顔してたっけ?
毎日一緒にいる。酔っ払うし、抱きつくし、くだらないことばかり言う。最初に会った頃なんて、男に騙されて金まで取られていたどうしようもない女だった。
なのに今、目の前にいるミヤビは、俺がこの世界に来て初めて見る、本物のエルフみたいだった。
まあ、エルフなんだけど。
そんな馬鹿なことを考えている間にも、ミヤビは何も知らずにカルロへ笑いかけている。
恐ろしいほど綺麗だった。
「……迦楼羅さん?」
「ん?」
「やっぱボーッとしてる」
「……ああ」
なんで俺が照れてんだ。




