8話 人間を食す理由
「誤解するな。僕らも好き好んで人を食いたいわけではない。少なくとも、最初からそうだったわけではないのだ」
リリーはそこで、自分がこの世界へ来た頃のことから話し始めた。
「僕が最初に選んだ種族はエイプだった。貴公ら人間と比べれば最初から身体能力は高かったが、問題はそこからだった。何をしてもほとんど成長しない」
「モンスターを倒してもか?」
「ああ。殺しても、食っても、大した変化はなかった。そんな状態でしばらく彷徨っていた頃、行き倒れて死んでいた人間を見つけた」
「……それを食ったのか」
「食べ終えたあと、僕の身体はエイプではなくなっていた。姿が変わり、ステータスもほぼ倍になっていたよ」
「進化……?」
「僕らもそう呼んでいる。その後も設定されたモンスターと間違えて襲ってくる人間は大勢いた。返り討ちにして食らうたびに姿が変わり、力も増していった。そして最終的に今のサキュバスになった」
「サキュバスってエイプから進化するもんなのか?」
「――知らない」
「そこは知らねーのかよ」
「このゲームの進化に、生物学など期待するな」
それはごもっともだ。
「ただ、サキュバスになってからは何人食べても姿は変わらなくなった。それでも食った相手によって能力が伸びることはある。どうやら自分より強い者ほど効果が大きいらしいが……最近は僕より強い人間そのものを見ていない」
「なるほどな。それで死体が欲しいと」
「ああ。しかしこれは僕の話ではない」
リリーの話では、モンスター系を選んだ者の多くが同じところで行き詰まっているらしい。
最初の身体能力だけなら人間やエルフより遥かに高い。そのせいで序盤は簡単に進めるが、そこから何をすれば成長するのか分からない。
モンスターを倒しても大きく変わらず、モンスター同士で食い合っても進化しない。
「そして弱くなればパーティから外される。最初は頼られていた者ほど、自分だけ成長しなくなった時の落差は大きい」
「それで露頭に迷ったモンスターが増えたわけか」
「そういうことだ。人間だった頃の頭を持ったまま、見た目だけはモンスター。町へ行けば敵と間違われ、冒険者には襲われ、同じモンスターを食っても何も変わらない」
随分とクソみたいな種族を選ばせるゲームだ。
「でもお、人を食べれば強くなるってみんなに教えたらいいんじゃないのお?」
黙って料理を食べていたミヤビが、ようやく話に入ってきた。
「教えているよ。しかし問題は、その先だ」
「その先?」
「生きている人間を狩り始めれば、僕らは本当にモンスターになる」
さっきまで軽く聞こえていたリリーの声が、そこだけ妙に重く聞こえた。
「だから死体を寄越せと?」
「ああ。ハートをすべて失い、もう二度と戻らない者だけでいい。死刑を受けた者でも構わない。貴公らが埋葬するのであれば、それを奪おうとは思わん。ただ、捨てるのであれば僕らに譲ってほしい」
さっきまで普通に食っていた肉料理へ、思わず目がいった。
「……これは違うよな?」
「魔獣だ」
「先に聞いときゃよかったよ」
それを聞いたエリーとミヤビも手が止まったが、アプサラスだけはお構いなしにむしゃむしゃ食べ続けていた。
「モンスターが人間を襲わなくて済む代わりに、死者を食料にする……そういう共存か」
「話が早くて助かるぞ、監視していた通りの男だ」
「一つ言えるのは、この世界を作った野郎は相当なクソ野郎ってことだけは一致したと思うよ」
「もちろんだ。だからこうして席を用意した」
◇
【ターシャ商会 無限平原支店 本部】
「なんだって? 人間を食わせろだって?」
ターシャが机を叩いた音が、本部の一室に大きく響いた。
会食から戻った俺たちは、すぐにターシャを呼んでリリーとの話を伝えていた。
窓の外では日が暮れても商会の明かりがいくつも灯り、荷物を運ぶ者や酒場へ向かう冒険者たちが行き交っている。ここへ来たばかりの頃には何もなかった無限平原に、今ではこれだけの人間が暮らしていた。
「ああ。しかし俺は、この話には部分的に乗っかろうと思っている」
「だって一度エリーも殺されているんだろ? 話し合いなら他に方法はいくらでもあったろ?」
「多分……迦楼羅とターシャさんがここまで町を作ったからだと思う」
意外にもそう言ったのはエリーだった。
「エリーも? わかんないよ、あんた殺された本人だろ?」
「殺されはしたけど、多分アメリカ育ちだからかな? 対等に話すには、対等であることを見せないと舐められるっていうか……」
確かに、俺たちはこの場所へ来てから急激に勢力を広げた。
無限平原に町を作り、人と物を集め、東では攻略そのものにまで影響を与えている。俺自身はそんなつもりで始めたわけじゃないが、西側から見れば、ある日突然、人間の勢力が自分たちの領域へ向かって広がってきたようにしか見えなかったのかもしれない。
「実際リリーのステータスをアタシも見たけど、殺害数はそれほど多くなかったよ……迦楼羅の百分の一かな」
「そりゃあ……」
ターシャが言葉を詰まらせた。
俺の殺害数を基準に善人か悪人かを判断するのも、随分と狂った話ではある。
「俺はリリーの言ったこととは逆を行くつもりだ」
「逆?」
「ああ。一部飲めないっていう部分は、リリーの甘さ……そこにあると思っている」
窓の外へ目を向けると、今日も町には大勢の冒険者がいる。
その中には東へ進もうとしている者もいれば、ここで攻略を諦めた者もいる。そして、この先何年も生き残れる保証なんて誰にもない。
死者をモンスターに渡す。
それだけ聞けば、確かにイカれた話だ。
だが俺には、リリーの提案をそのまま受け入れるよりも、この世界に合ったやり方が一つ思い浮かんでいた。




