6話 エリーが死ぬ
◇
「ここはかなり強い敵が多い……敵なのか、モンスタータイプを選んだ元人間なのか、それすら分からない」
「城があるけど、近づくと強敵が現れる……今のレベルじゃ到底近づけない。それにおかしいんだ。モンスターによって強さが十倍くらい違う。その判断ができるほど、話せるモンスターは基本ヤバいっぽい」
【ターシャ商会 無限平原支店】を立ち上げて一か月もすると、そんな噂が飛び交うようになった。
以前俺がここへ来た七か月前にもモンスターによって強さに差はあったが、皆が言うほどではなかった。
そして全滅させられたパーティを近くで見ていた者や、命からがら逃げてきた者の話を聞くと、一つだけ共通していることがあった。
『話のできるサキュバスから逃げろ』と。
◇
支店からさらに西へ進むと、林に囲まれた大きな湖があり、その向こうには薄っすらと城のようなものが見えた。
「無限平原で俺は一度戻っているが、以前はなかったような……」
「当時は殺人狂でよく見てなかったんじゃないの? あれかなり大きい城だよ?」
「妾は見たことがないぞ」
「いやいや、アプサラスさん、北の森から見えたら流石にデカすぎるっしょ?」
「湖を迂回しないと近づけなさそうかなあ。アタシがまず探査してこよっか?」
「エリー、避けろぉぉぉ!」
「えっ?」
殺気を感じて咄嗟に叫んだが、間に合わなかった。
何かがエリーの横を通り抜けたと思った瞬間、その首が宙を舞った。
「【瞬天】!!」
身体が地面へ倒れるより先に間合いを詰め、居合抜きを放ったが、そいつは後方へ飛んで俺の刀を避けた。
ガーゴイル――その姿を見た瞬間、刀を握る右手が震えた。
「あのガーゴイル……憶えている!」
左腕のギミックを飛ばすが、それすらも簡単に避けられた。
「ミヤビ、首をくっつけろ! じゃねえと復活してももう一つハートが減っちまうぞ!」
ミヤビは泣きながら頷き、エリーの元へ走った。
しかしガーゴイルは容赦なく首を失ったエリーへ突っ込んでいき、俺はその間に割って入って刀で牽制するしかなかった。
「次会うときは、もっと強くなれ! そう言ったはずだがこんなものか?」
「ちっ……」
ミヤビがエリーの首を元の位置へくっつけると、身体が光り輝いて復活モードに入った。しかし今だけは、何度も見てきたその光すら異様に遅く感じる。
ガーゴイルはそんなエリーを二度殺そうと、再び突っ込んできた。
「二度目は殺させねー」
そう言って俺は、今まで一度も使ったことのない【虐殺】のスキルを使った。
すると頭の中に声が響いた。
《虐殺モード 始動》
「こ、これは……」
身体からドス黒いオーラのようなものが滲み出し、全身を包んでいく。心臓の鼓動がはっきりと聞こえるほど心拍数が上がっているのに、不思議と息苦しさはなく、むしろ視界は澄み渡ってガーゴイルの動きまで遅く見えた。
そう……コイツは……沙羅を殺したガーゴイル……。
『殺せ……殺せ……殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ』
頭の中が『殺せ』という声で埋め尽くされた瞬間、いつ【瞬天】を使ったのか自分でも分からないほどの速さでガーゴイルとの距離を詰め、気づけば刀はその心臓を貫いていた。
ガーゴイルは地面に落ち、その横に俺も降り立った。
「クッハハハ、強くなったか? でもそれじゃあ死なないモンスターもいるのを知らんのか?」
その言葉を聞いた瞬間、考えるより先に頭を踏みつけて粉々にし、さらに胴体を蹴り飛ばすと、湖を越えて対岸の木へ叩きつけた。
離れた場所でガーゴイルの身体が二度光り輝き、それきり動かなくなった。
「ほほう……ロベルトを殺すとは大したものだの? サムライ」
その声で初めて気づいた。
上空には、いつからそこにいたのか噂のサキュバスが浮かんでいた。
「貴様も殺されてえのか?」
普段の平静を保てていないことは自分でも分かっていた。それに気づいているのに、俺自身が俺を止められない気がしていた。
サキュバスの背中から触手のようなものが飛んでくるが、今の俺にはその動きがはっきり見える。最低限の動きで躱すと、背後にあった岩が粉々に砕け散った。
「なるほどな、僕の攻撃を躱すか?」
「ボクっ子の女が嫌いでね……ますます殺したくなってくるぜ……【瞬天】!」
俺はサキュバスへ向かって飛び上がった。
いつもの【瞬天】とは比べものにならないほど速い。それなのに身体だけが先走る感覚はなく、サキュバスの動きも自分の刀の軌道も、普段以上にはっきりと見えていた。
そのまま一気に斬りつけると、サキュバスはマントを翻して俺の刀を受けた。
ギィンッ!
布を斬ったとは思えない音が響き、刀が弾かれる。よく見るとマントそのものが硬いわけではなく、表面を覆っているオーラのようなものが俺の刃を防いでいた。
俺はそのまま地面へ降り立った。
「なかなか死なねーもんだな? クソ野郎」
「一度話がしたい。明日、一席設けよう。城で待つ」
「はあ?」
そう言い残すと、サキュバスは俺に背を向け、そのまま湖の向こうにある城へ飛び帰っていった。
《虐殺モード 解除》
頭の中で再び声が聞こえると、身体を包んでいたドス黒いオーラのようなものがゆっくりと消えていった。
「うっ!?」
途端に全身へ軋むような痛みが走った。
言うことを聞かない身体を無理矢理動かしてエリーの元へ辿り着くと、そのまま抱きしめた。
震えている……無理もない。初めて死んだんだ……。
ミヤビも何も言わず、俺たちの近くに座って寄り添っている。
俺はエリーが落ち着くまで、何も言わず抱きしめていた。




