5話 祝 支店ができる
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「西地区の迷いの森前に支店を作る計画だが、拙者にやらせてもらいたい」
そう言って頭を下げたマッソは、ターシャと二人で俺たちの前へやってきた。
「結局、冒険者としてはもうやっていかないのかい?」
「短期間でここまで強くしてもらったが、なんというか……格の違いが分かった。拙者は別の方法で現実に帰る可能性に賭けるべきだと、今は考えている」
恐らく今、皆がつまずいているのは強さだけの問題じゃない。
ランクAのクエストのような、精神的にくるものや、やり方そのものがえげつないものが多すぎるのだろう。
東地区もどんどん攻略は進んでいるが、それに耐えられなくなる者も少なくない。
それ故に油断し、命を落とす者も大勢いた。
「私からもお願いするよ。ただ、それだけの話をするんだ。お膳立てはしてある」
ターシャの話では、そうして攻略を諦めた者の中から、俺たちに可能性を託してくれる人間もかなりの数集めているらしい。
【ターシャ商会 獣人洞窟前本社】を作った時とは違い、西地区では半月で同規模の支店を作る計画書まで用意されていた。
「ああ、その辺りはターシャに任せる。ただ一点だけあるとすれば、迷いの森前じゃない。【無限平原】に支店を建てろ」
◇
俺は久しぶりにいつものメンバーとターシャを連れ、モンスター車で迷いの森へ向かう。
かつて平原から帰ってきた森の前で降り、そこから徒歩で無限平原へ向かった。
「ここが……迦楼羅さんの前のパーティだった……沙羅さんのお墓?」
「ああ。ここで沙羅を食って、腐った頃にそのまま埋葬した場所だ」
「ここに建てればいいんだね? 結構、迦楼羅もおセンチなところあるじゃないか」
俺がその辺にあった木で作った十字架は、いつの間にか倒れていた。
それを元のように立て直して手を合わせると仲間も何も言わずに手を合わせた。
◇
設定で作られた森だから、木も切ったそばから生えてくるのかと思ったが、そんなことはなかった。
迷いの森にはメイジや炎系の武器を持つ者を大量に投入し、焼き払いながら伐採して更地にした。
(現実世界でやったら懲役もんだな)
そのお陰で工事はかなり早く進む。
当初、森の前に作る予定だった計画書では半月となっていたが、無限平原まで距離を延ばしても一か月後に町は完成した。
資金も潤沢にあったため、投入した人工は一か月で四千人。それだけの人工を使えば、そりゃあ工事も圧倒的な速さで終わる。
俺が初心者の町へ帰ってきてから、およそ半年。
何より変わったのは、ここにいる連中だった。
以前は、最初から無理ゲーだと絶望しているような奴ばかりだったが、今では楽しんで冒険する者も大勢いる。町の雰囲気そのものが変わり、初心者だった頃のように目を輝かせている奴まで増えていた。
そして古参の連中にも変化があった。
十年目の死刑日が近づいた者のために【介錯人】を名乗る者まで現れるようになったのだ。
あの日、俺がエリーに宿屋の店主を暗殺させたことをきっかけに、今では死刑を迎える前に介錯を希望する者が殺到した。
その結果、残酷な死刑に怯え続ける者は減り、皆それぞれ限りある日を大事にするようになっていった。
少なくとも、東地区から西地区の【ターシャ商会 無限平原支店】までの範囲では、リタイア組から新たな山賊が生まれることはなくなった。
今でも女に屈辱を与えようとするような奴はいる。
だが、以前のバッサたちのように徒党を組み、山賊として好き勝手に振る舞える場所ではなくなっていた。
◇
町が完成すると、沙羅を埋めた場所には三メートルほどもある巨大な墓石が建てられていた。
誰がこんな立派なものを作れと言ったのか知らないが、一般人が入れないよう周囲まで柵で囲われ、墓石には英語で、
『HERE LIES SARA
REST IN PEACE』
《ここに沙羅眠る 安らかに眠れ》
と刻まれていた。
その日の夜。俺は墓石の前に椅子を置き、簡易テーブルには二つのグラスを用意した。
「俺は……前に進めているか?」
片方のグラスを持ち、もう一つのグラスにカチンッと当ててから一気に飲み干した。
死んだあとに綺麗に弔ってやることしかできなかった自分の無力さ。当時、目に映る者を片っ端から殺すことで自分を呪い続けていた俺を、沙羅は何も言わず見守っていた。
そんなことを思い出しながら、心の中で何度も詫びた。
カチャカチャ……ギィ――
墓地へ入る扉が開く音がした。
沙羅の墓まで続く道の脇に植えられた木々が月明かりを遮り、誰が入ってきたのかまでは見えない。
俺は近づいてくる人影をじっと見ていた。
「あー! 迦楼羅さん、みぃーっけ!」
ミヤビだ。だいぶ酔っているのか、足元もおぼつかない。フラフラとこっちへ歩いてきたかと思えば、最後は倒れ込むように俺へ抱きついてきた。
「おい……支店開設記念パーティ、まだやってんだろ? こんなに酔って……」
俺の胸に顔を埋めていたミヤビが、ゆっくりと顔を上げた。
しばらく俺の顔を見つめていたかと思うと、少しだけ背伸びをする。
「んっ……」
触れるだけのキスをして、すぐに離れた。
ところがミヤビは何か気に入らなかったのか、俺の服を両手で掴んだまま首を傾げる。
「……もう一回」
「はあ?」
今度はさっきより少しだけ長く、俺の唇に自分の唇を重ねてきた。
「完全には酔わなくなったから大丈夫ですよー」
そう言うと、ミヤビは俺の胸に顔を埋めたまま話し始めた。
「私、ここに来て良かったと思ってるのですよ」
「地獄だぜ? ここは」
「人が死んだり、殺したり……」
「ミヤビは殺害数ゼロだろ?」
「そう! そこなんです! 私は殺してない。でも殺す手助けはしている。そういう世界だって迦楼羅さんに教えてもらった!」
「ああ、すまん」
「謝るなぁ! だから現実世界じゃ見えなかったことも見えるってはーなーしっ! だから今では……初めて人を大事に思えてる」
月明かりを受けた沙羅の墓石は、表面に散った無数の粒がキラキラと光っていた。
「ここにも……月があるんだな」
そう呟いて空へ視線を向けると、月に何かの影が重なっていた。
鳥……じゃない。
その影がどんどん大きくなってくる。
「あーーーーーっ! 抜け駆けしてる! ズルいズルいズルいーーー!」
「はあ?」
聞き覚えのある声とともに、月を背負った人影が俺たちの前へ音もなく降りてきた。
「あー! エリー! 来たのお?」
「いないと思ったらこんなところに!抜け駆けとはいい度胸ね?」
「えー、だってパーティつまんないんだもん」




