4話 あの弁慶を狩る
「おい! ターシャを呼んできてくれ」
皆は首を傾げていたが、俺には一つ思いついたことがあった。
「でっ、俺に頼みがあるんじゃないのか? マッソ」
「……ああ、話は早い。その強さが倍になれば、弁慶とも戦えるかもしれぬ。拙者をパーティに入れてくれないか……一時的でもいい!」
「仲間の敵か……?」
「湿っぽい話だ。だが拙者にとっては、好きだった仲間だったんだ」
それまで武士みたいに振る舞っていたマッソが、この時だけは俯いた。仲間を全員失って、たった一人でここまで戻ってきたんだ。それくらいの我儘は聞いてやってもいい。
「あっ、迦楼羅さん。大人の女、来ましたよ」
そんな話をしているうちに、店の奥からターシャがやってきた。商会の連中に何か指示を出していたらしく、片手には書類の束まで抱えている。
「なんだい? 忙しいのに……溜まってんのかい?」
「それは今度お願いする。今は話を聞いてくれ」
俺がマッソから聞いた話をすると、面倒臭そうにしていたターシャの顔が徐々に変わっていった。
泉でステータスが倍になるところでは片眉が上がり、弁慶に全滅させられたところでは口元がニヤリと歪む。話し終える頃には、書類をテーブルへ放り出して、すっかり悪巧みを思いついた時の顔になっていた。
「行けると思わねーか? ターシャ!?」
「うん。かなり理想に近いね。想定して募集も増やそう! 成功させてこいよ、迦楼羅」
やっぱり同じことを考えたらしい。
こうして俺たちはマッソを一時的にパーティへ加え、【二重恩寵の泉】と【弁慶退治】へ向かうことになった。
◇
【エジン】や【ノアル】には寄らず、そのまま【二重恩寵の泉】へ向かった。
森を抜けた先にある泉は、名前の大袈裟さに反して見た目は大したことがない。岩の間から湧き出した水が浅い池を作っているだけで、こんなもんを飲めば強さが倍になると言われなきゃ素通りしていたと思う。
ところが実際に口へ含むと、俺たちのステータスは本当にありえないほど跳ね上がった。
エリーに至っては、熟練度を上げるのを諦めていた忍術の威力まで上がり、動けるスピードも山賊討伐の頃とは雲泥の差だ。
ミヤビはヒール系の熟練度がすでにカンストしていたらしく、魔力の消費量まで下がっている。それだけでなく、状態異常ならほぼ何でも回復できるまでにキュアが強化され、単体ではなく全体へかけられる回復魔法まで覚えていた。
しかし俺はステータスこそ上がったものの、使えるスキルはそれほど増えなかった。マッソが持っている【白羽取り】や【精神集中】みたいな、いかにもサムライらしいものはない。
代わりに増えたのが、
【虐殺】
「これ、どこで使うんだ……?」
元々七万近い殺害数で上げたステータスがさらに倍増したせいで、この辺りのモンスターなら全部一撃で倒せるようになっていた。一撃とまではいかないものの、エリーも一人で問題なく倒せるのを確認し、俺たちはそのまま弁慶のいる橋へ向かった。
山道を抜けると、谷の間に一本だけ石造りの橋が架かっていた。向こう岸まで遮るものはなく、その真ん中に薙刀を持った大男が一人で立っている。
どう見ても弁慶だ。
ところがそいつを目の前にして、まさかのエリーがサシでやると言い出した。
「迦楼羅、アタシ、なんかやろうとしてることが分かってきた気がする」
「元々地頭が俺よりいいからな、エリーは」
「回復補助は〜? ど〜するぅ〜?」
「一人でやってみるけど、ダメだったらお願い」
エリーはその場で何度か軽く跳ね、身体の調子を確かめてから弁慶へ意識を集中させた。
「ちょっ……迦楼羅殿、正気ですか? 我々のパーティは拙者以外、コイツに全滅させられたのですよ」
マッソが驚いている間に、エリーは着地と同時に一気に距離を詰めた。
弁慶も即座に反応して薙刀を横薙ぎに振るったが、エリーは身体を屈めてその下を潜り抜け、そのまま煙玉を破裂させて上へ跳ぶ。
ズバンッ!
乾いた音とともに煙が橋を覆い、その中で弁慶の影が片膝をついた。ほとんど間を置かず、上空から落ちてきたエリーの忍刀がうなじを貫き、巨体の動きが止まる。
しばらくすると弁慶の身体が消え、石畳の上に三つの武器だけが残された。
俺が持っているものと同じ炎の刀。それに忍刀とロッド。
(そうか……コイツを倒すことが、この刀をもらえるフラグだったのか)
俺はすでに炎の刀を持っているから出ない。だから三つ。
そう理解すると炎の刀を拾ってマッソへ投げ渡し、ついでに自分のステータスを確認すると、さらに数値が上がっていた。
「こんなにあっさりと……拙者ら四人で挑んでも敵わなかった相手を……女の忍一人で……」
「そりゃあアタシら、鍛えられ方が違うもの!」
「そうですよ! ウチは超ブラック企業ですから♪」
「よし、一回迦楼羅とマッソはパーティから抜けて!」
「ええ? 今度はどうするんですか?」
「ミヤビの保険は必要だけど、もう一回弁慶が出てくるか試してくる」
予想通りだった。
パーティ編成を変えて橋へ戻ると、さっき消えたはずの弁慶が何事もなかったように同じ場所へ立っていた。
さらに何度か試したところ、一度手に入れた忍刀やロッドを装備している間は同じ武器が出ない。しかし元の装備へ戻してから倒せば、また同じ武器が手に入ることも分かった。
◇
「でかしたね! アンタたち!」
商会へ帰ると、一番喜んだのはもちろんターシャだった。
建物の前では荷台が何台も行き来し、洞窟へ向かう冒険者と荷を下ろす連中でごった返している。その中を抜けて商会へ入ると、自分たちの分を除いて集めてきた炎系の武器を、それぞれ数十本ずつターシャへ渡した。
あとはイージーモードだ。
他の冒険者には【期間限定! 手数料なし! ステータス爆上げキャンペーン】と称し、【二重恩寵の泉】を後回しにして、まず【弁慶】を討伐させてステータスを上げる。そのあと泉の水を飲ませ、さらに倍にする。
これを繰り返し、弁慶討伐の報酬で出た炎系の武器は俺たちがもらう。
最初は俺とマッソ、ミヤビとエリーの二組で始めたが、マッソが一人で弁慶を倒せるようになると三組に分かれ、毎日大勢の冒険者を橋と泉へ送り込んだ。
炎系の武器がどんどん溜まれば、今度はターシャ商会からそれを買って先へ進む奴が出てくる。中にはウチでこの商売のやり方を覚え、独立を目指す奴まで現れ始めた。
やがて初心者の初期装備が炎系の武器、なんて奴まで出てくるようになったが、そこまで二か月とかからなかった。
「迦楼羅のお陰で、たった二か月でこの町の規模は倍になったよ!」
商会の二階から外を見ると、最初は資材置き場ばかりだった場所にも建物が並び、人を乗せた荷台が朝からひっきりなしに出入りしている。
「ああ。ステータスだけなら俺を超える奴も出てきたからな」
「いいのかい? 殺人狂の迦楼羅って言やあ、この辺じゃ最強と言われてたんだろ?」
「別に変わってねえよ。呼び名に未練はねーけど、大事なのは熟練度だ。ミヤビとエリーにしたって、熟練度でその辺の冒険者に負けることはねーよ」
「そうそう! 弁慶何百体倒したと思ってんの? 何千?」
「私は一人じゃ倒せないけど、回復能力ならすごい向上したんですよ? ターシャさんが山賊にいた時みたいには、もうならないかもです」
「言ってくれるじゃないか? バッサの一番妻に!」
「未練はないの?」
「ハハッ、女は忘れて進む生き物なんだよ」




