1話 山賊の嫁
◇
「おい! 店主はいるか!!」
早朝、俺たちが拠点にしている宿屋の前に、全身を鎧で覆った兵士が二十人ほど集まった。
「マローニ! あとは頼んだよ」
「ああ……マスター、いつか俺もそっちに行く。そのときは、また一緒に宿屋をやろう」
宿屋の外は、すでに町の人間で埋め尽くされていた。
これから始まる死刑を楽しみにしている者もいれば、マスターを憐れんで声をかける者もいる。
野次や罵声、別れを惜しむ声まで入り乱れ、早朝とは思えない騒ぎになっていた。
マスターは兵士に手錠をかけられ、宿屋の外へ連れ出されようとしていた。
「おい、オヤジ! せっかくここで十年生き延びたんだ! 最後くらい、でかい声で町の連中に言いたいことぶつけてやれよ」
俺がそう言ってウインクすると、マスターは恐怖で震えながらも「そ、そうだな……最後だしな……」と頷いた。
兵士に囲まれたまま、マスターが町の連中へ振り返る。
「お前ら! なんだかんだ……ありがとー!」
拙い言葉でそう叫ぶと、それまで騒がしかった町の人間たちが、次の言葉を待つように静まり返った。
「俺はお前らを――」
ドスッ。
マスターの額にクナイが突き刺さった。
「マスター!!」
マローニが駆け寄り、崩れ落ちたマスターの身体を抱きかかえる。
『誰だ!?殺しやがったぞ!!』
『兵士がやった?』
『ふざけんな!!』
静まり返っていた群衆が一気に沸騰した。
誰がクナイを投げたのかも分からないまま、町人や冒険者たちが兵士へ詰め寄り、押し返そうとした兵士の一人が武器を抜く。
それが引き金になり、マスターの死刑を見送るだけだったはずの群衆は暴徒と化し、兵士たちとの交戦に発展していった。
兵士の一人が俺に駆け寄ってきて「貴様の仕業か!」と言ってきたが「さあ」とだけ言い残して宿屋を出た。
交戦に発展している町人たちを遠目で見ていると兵士たちには一切攻撃が通用しておらず、町人や冒険者がバタバタと倒れていく。
「そういう設定か……」
ミヤビと町を出ると、すぐにエリーがあとから追ってきて合流した。
「うまくいったね」
「ああ、苦しませずに人を殺せた。よい殺人だったな」
「言い方!……でも町の中央に大きな鋸挽きがあった……あれで見せしめのように苦しめて殺すつもりだったんだろうね」
◇
俺たちは前日までに、装備を一通り整えていた。
店で売っている物の中ではまともな装備を揃えていたつもりだが、所詮は金さえ払えば誰でも買える代物だ。それだけで充分に強くなれるほど、このゲームは甘くない。
しかし冒険者を引退して町人になった連中の中には、現役時代に使っていた数値の高い武器や防具を、思い出の品として手元に残している者も多かった。
宿屋のマスターは元々優秀なブローカーだ。
生前、そうした装備を残している連中へ声をかけ、俺たちのためにいくつか集めてくれていた。
中でも俺が装備できる『炎の刀』と呼ばれる代物は別格だった。
柄に付いたスイッチを押すと、刀身から青い炎が噴き出す。試し斬りしただけでも以前の刀とは明らかに違い、同じ力で振っているとは思えないほどスパスパ斬れる。
「こりゃいいな……」
エリーは山賊討伐での失敗を踏まえ、暗殺道具を以前の三倍ほど隠し持つようになった。
そのうえ近づけない状況でも戦えるよう、中距離用の武器や道具を中心に揃えている。
ミヤビが選んだのは、自分の回復魔法とアプサラスとの繋がりを強める【精霊の杖】を始めとする装備が与えられた。
ダガー関係の強化はせず、武器は今まで使っていたポイズンダガーのまま。前回の戦いで、自分には殺傷するだけの能力がまるで備わっていないことを、身にしみて思い知ったらしい。
「よし、次の町はここから約一週間かかるらしい」
「うん、アタシが通ったルートだから間違いないよ。前のパーティとは次の町まで行けたんだ……結構奇跡的だったけどね」
「この前、妾に自慢していた洞窟か?」
「そうそう。別ルートがあるって言われたらなんとも言えないけど、前のパーティとはその洞窟を抜けた先に、エジンと呼ばれる城があったんだよ」
エリーの話では、そもそもエジンまで辿り着ける冒険者が少なすぎるらしい。
城がある時点で、冒険者たちが作った町とは違う。当然、そこへ向かう途中に出てくるモンスターも今までとは比べ物にならないほど強い。
エリーの前のパーティもエジンへ辿り着くまでに全員死んだ。
「エジンまで辿り着く人がもっと増えれば、攻略もしやすくなると思うよ。そこにいった冒険者の話じゃ、このゲームは単純に『ラスボスを倒せばクリアってわけでもないらしい』とか、持ってる情報量も冒険者の町とは比べ物にならなかったんだよ」
そう。俺たちは結局、なにをすればクリアできるのかすら知らない。
このまま強くなって先へ進んだところで、エジンへ辿り着ける人間がほとんどいないのなら、いつまで経っても集まる情報は増えない。
「だから今回は、その洞窟の目の前に俺は町を作ることにした」
「「「えっ?」」」
三人とも俺の結論についてこられず、キョトンとしていた。
「迦楼羅……ちょっと妾、ついていけてないぞよ」
「そうだよ! 宿屋の店主さんも今、時間切れになったばかりでしょ? それこそ最後の一人をパーティに入れてどんどん進まないと、アタシたちも死んじゃうよー?」
「えー、そーかなー? まちづくり、楽しそうだけどなあ〜」
「おお……来た来た、こっちこっち!」
俺が手招きすると、町の方から一人の女が歩いてきて、軽く頭を下げた。
「初めましてかな。ここに来て一年目のターシャと言います。以後お見知りおきを」
「この子は元エクアドルのマフィアのボスのこれだ」
俺は小指を立てた。
「「はあ?」」
ターシャのクラスはブローカー。
大人しそうな見た目からは想像もつかないが、強い男同士が殺し合っている姿を見ると興奮するという変わった女で、元の世界では自分からマフィアのボスの愛人になったらしい。
ところが、そのボスにも飽きた。
『所詮、人だな』
そう言い残してボスを殺し、もっと刺激が欲しいという理由でこの世界に入ってきたという。
世の中、色んなヤツがいるもんだ。
「あー! この人、山賊の村にいた人だ!」
「おお、ミヤビ。よく覚えていたな、御名答だ」
「ちょっと待ってくれ! もうアタシら三人いる。相談もなしに最後の一人を決めるなんて……相談くらいしてくれてもよかったじゃない!」




