10 結婚式ね
10 結婚式ね
重苦しい沈黙に耐えかねたように、マリサの母が口を開いた。
「つらいでしょうけれど、婚約は一日も早く解消しなくてはね」
「先ほど、承知しましたと申し上げましたが……聞こえませんでしたか?」
マリサが不思議そうに首をかしげると、母は困ったように眉尻を下げた。
「だってね、メラニーはお母さんになるのよ」
「ええと……つまり、私が承知したことは聞こえていたのですね。そして言葉の意味も理解していらっしゃる。安心しました」
マリサは淡々と答え、婚約者のライリーへ視線を移した。
なるほど。子供が生まれる前に、さっさと結婚したいということらしい。
――この猿どもが。
そんな思いを込めて、ライリーをじっと見つめる。
すると彼はマリサの視線を未練だと勘違いしたのか、うんざりしたように息を吐いた。
「だから、ごねるんじゃない。さっさと婚約を破棄するんだ」
「ごねる、とは?」
マリサは首をかしげた。
「すでに承知しております。書類が用意され次第、すぐに署名いたしますが?」
話がまた振り出しに戻っている。
それに気づいたのか、部屋にいる者たちは一様に気まずそうな顔をした。
しかし、マリサの父だけは違った。まだ自分の愚かさを披露し足りなかったらしい。
「おまえがここにいると、腹の子に危害を加えられそうで心配だ。婚約を破棄したら、この家から出ていけ」
「もちろん、そのつもりです」
マリサは即座に立ち上がった。
そのまま部屋を出ようとしたところで、慌てて呼び止める声がした。
「待って、お姉様!」
妹のメラニーが椅子から腰を浮かせ、不安そうに両手を胸の前で組んだ。
「結婚式の準備を一緒にしてほしいの。私は、お姉様が私とライリーの子供に危害を加えるなんて思っていないわ。ねえ、お願い……。結婚式を準備する楽しさを、お姉様にも味わってほしいの」
自分の婚約者を奪った妹の結婚式を手伝うことが、姉にとって楽しい経験になる。
メラニーは本気でそう思っているらしい。
マリサが返事をするより先に、ライリーもやさしげな声で続けた。
「頼んでいいかい、マリサ。僕も君をこの家から放り出すことは望んでいないんだ」
その表情を見て、マリサは危うく笑いそうになった。
――私は、あなたたち全員を放り出すことを心から望んでいるけれどね。
「『婚約を破棄したら、この家から出ていけ』と言われた身ですが」
マリサは父親を見ながらこう言ってみた。
「もう、お父さんはなにもわかってないから。お姉様気にしないでください」
メラニーはけろりと言った。
マリサはその言葉を無視して、誰にも目を向けずに言った。
「まずは書類を用意いたします。早いほうがよろしいのでしょう?」
それだけ言うと、マリサはドアを開けて部屋を出た。
廊下を歩きながら、彼女は小さく息を吐いた。
結婚式の準備など、本来ならまっぴらだ。
けれど、一度くらい経験しておくのも悪くないかもしれない。
なにしろマリサは、あの者たち全員をまとめて破滅させられる、とびきり大きな爆弾を握っているのだ。
マリサに難癖をつける顔を観察しながら爆弾のことを考えるのは楽しいかもしれない。
持ち上げてから、一気に突き落とす。
――そのほうが、きっと面白い。
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