最強公爵様の夜のお散歩(過保護な虫干し)、そして元実家の完全崩壊
最強公爵様の夜のお散歩(過保護な虫干し)、そして元実家の完全崩壊
深夜のルナミス帝国、アルベルト伯爵領。
そこは今、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
「ひぃぃぃっ! こっちに来るなっ!」
「だ、誰か! 盾を持て! 聖女エミリアの魔法はどうした!?」
防護柵は無残に踏み破られ、数トンもの巨体を持つロックバイソンの群れが、領主の屋敷の目前まで迫っていた。
騎士たちは剣を構えるものの、かつてのように魔獣の突進を弾き返すことはできない。彼らが着ている鎧の下には、リゼットの祈りが込められたインナーシャツはもう存在しないからだ。
アルベルトと新婚約者のエミリアは、屋敷のバルコニーからその惨状を見下ろしながら、ガチガチと歯の根を鳴らして震えていた。
「お、終わりだ……。リゼットの防具がなくなっただけで、我が領の守りがこれほど脆かったとは……っ」
ドゴォォォンッ!
ついに屋敷の正門が破られ、血走った目をした魔獣の群れが中庭へと雪崩れ込んでくる。
アルベルトが死を覚悟して目を瞑った、その時だった。
――ヒュォォォォォォ……ッ。
突如として、夜風が凍りついた。
暴れ狂っていたロックバイソンたちが、ビクンッ!と体を硬直させ、一斉に動きを止めたのだ。
巨獣たちは、まるで目に見えない巨大な捕食者に睨まれたかのように怯え、カタカタと震えながら後ずさりを始めた。
「な、なんだ……? 何が起きている?」
アルベルトが恐る恐る目を開けると、月光に照らされた中庭の中央に、いつの間にか一人の男が立っていた。
月光を反射する艶やかな銀髪と、頭部に生えた流麗な竜の角。
そして、闇に溶け込むような漆黒の美しいコートをスマートに着こなした、恐ろしいほどの美貌を持つ長身の青年。
「ど……どこのどなたか存じませんが、助太刀に感謝する! 魔獣を追い払ってくれた暁には、望みのままの報酬を弾もう!」
アルベルトは一縷の望みをかけてバルコニーから叫んだ。
しかし、青年――ギデオンは、アルベルトの言葉には一切応じず、ただ冷酷な紅玉の瞳で魔獣の群れを睥睨した。
「……五月蝿い。消えろ」
ギデオンが低く、絶対的な響きを持つ声で呟いた瞬間。
彼の足元から、黒いモヤのような『死の瘴気』がチロチロと漏れ出した。
それは致死量の呪いの気配だった。生物の生存本能を直接削り取る圧倒的な死のプレッシャーに耐えきれず、ロックバイソンたちは悲鳴すら上げることなく、踵を返して森の奥へと一目散に逃げ出していった。
あっという間に静まり返った中庭。
アルベルトは、信じられないものを見る目でその青年を見下ろした。
「そ、そんな馬鹿な……たった一睨みで、魔獣の群れを退けたというのか? それに、あの竜の角に、恐ろしい死の気配……まさか、アバロン魔皇国の『呪われ公爵』……!?」
噂に名高い化け物公爵。しかし、噂ではおぞましい黒鎧に身を包んでいるはずだ。こんなにも美しく、隙のない仕立てのコートを羽織った貴公子だとは聞いていない。
「公爵閣下……! なぜ、アバロンの重鎮たるあなたが、このような辺境の我が領へ……?」
「勘違いするな」
ギデオンは、冷たく見下すような視線をアルベルトに向けた。
「貴様らを助けに来たわけではない。ただ……俺の大切な人がかつて育ったこの場所を、下等な獣の遊び場にされるのが不快だっただけだ」
「た、大切な人……?」
「ああ。貴様らがその価値を理解せず、不当に虐げ、無能と罵って辺境へ追放した……リゼットのことだ」
その名前が出た瞬間、アルベルトの心臓がヒュッと跳ね上がった。
「リ、リゼットだと!? あの布屋の娘が、公爵様の大切な人!? そ、そんな馬鹿な! あんな地味で取り柄のない女が……っ」
「黙れ」
ギデオンの紅玉の瞳が、殺意に満ちて細められた。
「彼女が俺の人生にどれほどの光を与えてくれたか……貴様らのような虫ケラに語る気はない。俺はただ、彼女を傷つけた貴様らが、この世界の空気を吸っていることすら許せないのだ」
ギデオンが一歩前に出ると、彼が羽織っている漆黒のコートが、風を孕んでバサァッと翻った。
リゼットが彼のために縫い上げた、特別製の『お出かけ用コート』だ。
これまでのギデオンなら、呪いが暴走すれば周囲一帯を無差別に腐らせてしまっていた。
だが、リゼットの【神の裁縫箱】によって『絶対保護』の概念が付与されたこのコートを着ている今、彼は自分の漏れ出す呪いの瘴気をコートの内側に留め、己の意思で『指向性』を持たせて操ることができるようになっていた。
ギデオンが右手を軽く振り上げる。
その指先から、圧縮された漆黒の呪いが、一本の鋭い矢のように放たれた。
シュドォォォォォンッ!!
「ひぃっ!?」
呪いの矢が直撃したのは、アルベルトたちのいる屋敷の『宝物庫』と『武器庫』だった。
轟音と共に、堅牢な石造りの壁が、まるで泥細工のようにドロドロに溶け落ちていく。中に保管されていた金銀財宝や魔導武具も、一瞬にして酸化し、灰となって風に吹き飛ばされてしまった。
「ああっ! 我が家の財産が! 武器が!!」
「いやぁぁぁっ! 私のお洋服や宝石までぇぇっ!」
アルベルトとエミリアが、崩れゆく屋敷の残骸を見て絶望の悲鳴を上げる。
ギデオンは彼らには直接触れず、屋敷の支柱、穀物庫、そして貴族としての権威を示すあらゆる建造物を、ピンポイントで腐敗させ、砂のように崩壊させていった。
「命までは奪わないでおいてやる。リゼットは、俺の服が血で汚れることを望まないだろうからな」
ギデオンは冷徹な声で告げた。
「貴様らはそこで這いつくばり、すべてを失った泥水の中で、己の愚かさを一生悔いながら生きるがいい」
もはやアルベルト伯爵領の権威も、財力も、武力も、すべてが物理的に消え去った。
借金まみれとなった彼らに待っているのは、マグローザ漁船(蟹工船)への強制送還という過酷な運命だけだろう。
ギデオンは崩壊した屋敷に背を向けると、何事もなかったかのようにコートの襟を正し、ふわりと夜の闇へと消えていった。
私の手を一切汚すことなく、そして私自身は何も知らないまま……私を不当に扱った愚か者たちは、完璧な『ざまぁ』の結末を迎えたのだった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
ポポロ・コーポの一階にある共同食堂は、ベーコンと目玉焼きが焼けるいい匂いに包まれていた。
「ふふ〜ん♪ ギデオン様、朝のお散歩からそろそろ帰ってくるかな」
私がタローマンで買ったスキレットに盛り付けをしていると、食堂の扉がガチャリと開いた。
「ただいま、リゼット」
「あっ、ギデオン様! おかえりなさい! 夜風に当たりに行くって言ってましたけど、随分長かったですね」
そこには、私が縫った漆黒のコートを着こなしたギデオン様が立っていた。
爽やかな朝の光を浴びた彼は、夜の冷酷な公爵の顔など微塵もなく、私の顔を見た瞬間にパァッと嬉しそうな花を咲かせている。
「ああ。少し……積年のゴミ掃除をしていて、時間がかかってしまった」
「ゴミ掃除? えらいですね! 村の美化活動ですか? ……あ、ちょっと待ってください」
私は彼の足元に近づき、コートの裾を指差した。
「ギデオン様、コートの裾に少し泥が跳ねちゃってますよ」
ビクゥッ!
私が指摘した瞬間、ギデオン様の肩が跳ね上がり、彼はおろおろと視線を泳がせた。
(血ではない……血ではないな? ああ、よかった、ただの泥だ……っ!)と、心の声が丸聞こえの安堵の表情を浮かべている。
「す、すまない、リゼット! 君が丹精込めて作ってくれた服を……夜道の散歩で、うっかり汚してしまった……」
彼はまるで、飼い主に叱られるのを待つ大型犬のように、シュンと肩を落として上目遣いで私を見た。
そのギャップがあまりにも可愛らしくて、私は思わずクスッと吹き出してしまった。
「ふふっ、そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ! 『絶対に汚れない概念』とは別に、汚れがすぐに落ちる撥水コーティングも縫い込んでありますから、サッと拭けば元通りです」
私が用意していた濡れタオルでコートの裾をキュッキュッと拭くと、泥汚れは嘘のように綺麗に消え去った。
「ほら、ピカピカです!」
「リゼット……君はやはり、魔法使いだ」
ギデオン様は心底ホッとしたように息を吐き、私の頭を(直接触れないように)布越しに優しく撫でてくれた。
「さあ、朝ごはんにしましょう! 今日は美味しいベーコンエッグですよ!」
「ああ。君の手料理を食べられるなんて、俺は本当に果報者だ」
私の知らないところで、恐ろしい復讐劇が完遂されていたことなど露知らず。
私は大好きな人のために服を作り、彼と一緒に温かいご飯を食べる、このポポロ村での最高に幸せな日常を噛み締めていた。
さて、公爵様の『最高の礼服』のための素材集め(キュララちゃんたちの配信)も、いよいよ佳境に入る頃だ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「ざまぁ完了! スッキリした!!」
「公爵様の圧倒的武力からの、ワンコムーブの落差ww」
「血で汚さない過保護な報復、最高にイケメン……!」
と少しでも胸をすかせていただけましたら、
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皆様の評価ポイントが、ギデオン様が安心してご飯を食べるための『癒やしパワー』になります!
次回、ついに礼服作りのための『超密着・採寸イベント』が発生!?
呪いの熱で布が焦げるかも……という極限のドキドキが公爵様を襲う!
明日も更新予定ですので、ぜひブックマークをしてお待ちくださいませ!




