私が新しい型紙に悩んでいる頃、元実家はパニックに陥っていたようです
私が新しい型紙に悩んでいる頃、元実家はパニックに陥っていたようです
「うーん……タキシードのラペル(襟)の形はどうしようかな。ギデオン様は肩幅がしっかりしてるから、ピークドラペルにして胸元を強調したほうが絶対にかっこいいよね。でも、生地の素材感によっては……」
ポポロ・コーポの自室のリビング。
私は大きなテーブルにデザイン画を広げ、うんうんと唸りながら新しい型紙を引いていた。
キュララちゃんとリーザちゃんの『過激な素材集め配信(物理)』のおかげで、公爵様の礼服を作るための莫大な資金は順調すぎるほどのペースで貯まりつつある。
いざ『世界樹の糸』などの激レア素材が手に入った時にすぐ仕立てに取り掛かれるよう、デザインと型紙は完璧に準備しておかなければならない。
「ふふっ。どんな服を作ろうか考えてる時間って、本当に幸せ……」
私が鼻歌交じりにペンを走らせていると、背後からスッと温かいカップが差し出された。
「リゼット。あまり根を詰めすぎないでくれ。はい、ポポロ・コーヒーだ」
「わぁ、ありがとうございます、ギデオン様!」
振り返ると、私が作ったダボダボのスウェットに、首元には『絶対防汚ハンカチ』をエプロンのように結んだギデオン様が、優しい微笑みを浮かべて立っていた。
アバロン魔皇国が誇る冷酷無慈悲な『呪われ公爵』の面影は、今の彼には微塵もない。すっかりポポロ・コーポの所帯染みた空気に馴染んでいる(というか、私の完全なヒモ、もとい同棲相手みたいになっている)。
「リゼットが俺のために真剣に服を考えてくれるのは、心から嬉しい。……だが、君が無理をして倒れでもしたら、俺は生きていけない。少し休まないか?」
「大丈夫ですよ! 好きな服を作ってる時が一番の休息ですから!」
私が元気いっぱいに答えると、ギデオン様は「そうか……君が笑顔なら、俺はそれだけで幸せだ」と、嬉しそうに目を細めた。
私がこうして、ポポロ村で温かく幸せなお針子ライフを満喫していた頃。
遠く離れたルナミス帝国のアルベルト伯爵領――私を追放した元実家では、絶望的なパニックが巻き起こっていた。
◇ ◇ ◇
「なぜだ! なぜ我が領の誇る精鋭騎士団が、たかだかロックバイソンの群れごときに半壊させられているのだ!!」
伯爵家の執務室で、私の元婚約者であるアルベルトが怒号を上げていた。
彼の足元には、先日私を追い出して新たに婚約者として迎え入れた『強力な付与魔法が使える聖女』エミリアが、「怖いですわぁ……」と泣き縋っている。
「エミリア! 君の付与魔法はどうなっている!? 君が祝福を与えた鋼の鎧を着ていれば、ロックバイソンの突進など傷ひとつなく弾き返せるはずだろう!」
「わ、私、ちゃんと祝福の魔法をかけました! 防壁の術式だって完璧に……っ」
「アルベルト様、ダメです!!」
バンッ!と扉が開き、ボロボロになって血を流した騎士団長が転がり込んできた。
「騎士団長! いったいどうしたというのだ!」
「エミリア様の付与魔法をかけても、防具が紙のように拉げ、魔獣の牙を全く防ぎきれません! このままでは防衛線が突破され、領民にまで被害が……っ!」
「馬鹿な!? 以前まで、我が騎士団の重傷率はゼロだったではないか!」
「それは……鎧の下に着ていた、リゼット様の作られた『特製インナーシャツ』のおかげだったのです!」
「なっ……!?」
アルベルトは目を見開いた。
リゼットが伯爵家にいた頃。彼女は騎士たちのために、「皆さんが怪我をしませんように」と祈りを込めて、夜な夜なインナーシャツを縫い上げていた。
【神の裁縫箱】によって縫い上げられたそのシャツには、『絶対防御』や『衝撃吸収』という常識外れの概念が付与されていたのだ。
しかし、彼女が家を追い出されたことで、その祈り(魔法のアップデート)は途絶え、インナーシャツはただの着古した布切れへと戻ってしまっていた。
エミリアの薄っぺらな付与魔法など、リゼットの縫った服が持っていた『概念付与』の足元にも及ばなかったのだ。
「あ、あんな地味な女が手縫いしただけの布切れが、聖女の魔法を凌駕していたと言うのか……っ!?」
アルベルトの脳裏に、数日前に見た『ゴッドチューブ』の配信映像がフラッシュバックした。
天使の少女が着ていた、ロケットランチャーの直撃を受けても傷ひとつ付かないフリルドレス。あのドレスの縫製パターンや糸の処理は、間違いなくリゼットの手癖と同じだった。
「まさか、あのドレスを作ったのはリゼット……? だとしたら、我が家はとんでもない『国家の最高軍備』を、自ら手放してしまったというのか……っ!?」
アルベルトは顔面を蒼白にさせた。
彼が自分の犯した取り返しのつかない愚行にようやく気付いた時には、すでに魔獣の群れの咆哮が、屋敷のすぐ近くまで迫っていた。
◇ ◇ ◇
その夜。
ポポロ・コーポの自室で、私はベッドに入りぐっすりと眠っていた。
そんな私の寝顔を静かに見つめた後、ギデオン様は音を立てないようにベランダへと出た。
彼の手には、アバロン魔皇国の暗部と繋がる魔導通信石が握られている。
『――ご報告いたします、ギデオン様。お調べするよう仰せつかりました、リゼット様の過去についてですが』
「……聞こう」
通信石越しの報告を聞くにつれ、ギデオン様の周囲の温度が急激に下がっていく。
リゼットが伯爵家でどれほど不遇な扱いを受けていたか。
彼女が心を込めて作った防具を「ただの布」と蔑みながらも、その効果だけを無自覚に搾取し続けていた事実。
そして最後には、無能の烙印を押してゴミのように辺境へ追放したこと。
「…………そうか」
ギデオン様のルビーの瞳の奥で、ドス黒い、そして静かな殺意の炎が燃え上がった。
(俺の暗闇に光をくれ、呪いごと俺を受け入れてくれた、この世界で最も尊く美しい少女を……あんな愚か者どもが、虐げていたというのか)
彼の感情の昂りに呼応して、体からドス黒い呪いの瘴気が漏れ出しそうになる。
だが、彼がスウェットの上から羽織っている、私が昨日縫い上げたばかりの『お出かけ用コート(試作品)』が、その瘴気をフワリと優しく包み込み、無害な湯気へと中和した。
「……ああ、大丈夫だ、リゼット。俺は君の作ってくれた優しい服を決して汚さない。血を一滴たりとも、この服に跳ねさせたりはしない」
ギデオン様は、コートの襟元を愛おしそうに撫でた。
しかし、その口元には、冷酷無慈悲な『呪われ公爵』としての凍りつくような笑みが浮かんでいた。
「だが……君を傷つけた虫ケラどもを生かしておくほど、俺は寛容な男ではないんだ」
通信石を切り、ベランダから星空を見上げるギデオン様。
「リゼット」
部屋の奥で幸せそうに寝息を立てる私に向かって、彼は優しく囁いた。
「少し、夜風に当たってくる。長年溜まったゴミを掃除する……虫干しがてら、な」
そうして、漆黒のコートを翻した公爵様は、ポポロ村の夜の闇へと静かに溶け込んでいった。
私が楽しく服の型紙に悩んでいる裏で、元実家に『完全なトドメ』が刺されようとしていることなど、夢の中でも全く気づかないまま。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「ざまぁ展開キター!!」
「元婚約者、手遅れになってから気づくの最高w」
「公爵様、ヒロインの前ではワンコなのに裏では過保護な暗殺者になるのイケメンすぎる……!」
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次回、リゼットを守るため、最強の公爵様が元実家で圧倒的な力を見せつける!?
手も服も汚さない、華麗なる「報復」の行方は……!
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