鎧の中身は超絶美形!? 初めての「痛くない」タッチ ドガァァァァァァァァンッ!!!!
鎧の中身は超絶美形!? 初めての「痛くない」タッチ
ドガァァァァァァァァンッ!!!!
暴走した呪いの圧力によって、ギデオン公爵を縛り付けていた漆黒のフルアーマーが内側から弾け飛んだ。
凄まじい爆風と土煙がタローマンの駐車場を覆い尽くす。
「ゴホッ、ゴホッ……! リゼット、リーザ、無事!?」
「は、はいですの! 服のおかげで無傷ですの!」
キャルルちゃんの声に答えながら、私は土煙の晴れた中心へと視線を向けた。
あんな大爆発を起こしたのだ。きっと、中からは世にも恐ろしい化け物が――。
「……えっ?」
そこにいたのは、化け物などではなかった。
砕け散った分厚い金属片の真ん中で、片膝をついて荒い息を吐いていたのは……目を疑うほどに美しい、一人の青年だった。
月光を編み込んだような艶やかな銀髪。兜の下に隠されていたであろう、竜人族特有の小ぶりで流麗な二本の角。
そして、長年日光を浴びていなかったためか、透き通るように白い肌と、長い睫毛に縁取られた鮮烈な紅玉のような瞳。
年齢は二十代半ばくらいだろうか。ボロボロになった肌着の隙間からは、過酷な鍛錬を思わせる無駄のないしなやかな筋肉が覗いている。
(うわぁ……すっごく、綺麗な人……!)
前世のアパレル業界でも、あんなに服が似合いそうな完璧なプロポーションのモデルは見たことがない。
「……ハァッ、ハァッ……あ、ああ……」
青年――ギデオン公爵が、掠れた声を漏らした。
重低音の唸り声ではなく、少し低めで耳に心地よい、とても綺麗な声だった。
しかし、見惚れている場合ではなかった。
彼を閉じ込めていた鎧がなくなったことで、彼の体から溢れ出す『死の瘴気』が、制御を失って爆発的に膨れ上がり始めたのだ。
「しまっ……! リゼット、下がって! このままじゃポポロ村の結界ごと腐り落ちるわ!」
キャルルちゃんが血相を変えて前に出ようとする。
ギデオン自身も、自分の呪いが周囲を無差別に殺し始めていることに気づき、絶望に顔を歪めて自らの胸をかきむしろうとした。
「ち、近づくな……! 俺から離れろ……お前たちまで、死んでしまう……っ!」
彼が初めて紡いだ言葉は、化け物の咆哮ではなく、他者を守ろうとする悲痛な叫びだった。
その不器用で優しい声を聞いて、私のオタク魂(パタンナーの血)が完全に沸騰した。
「そんな悲しいこと、言わないでください!」
私はキャルルちゃんの制止を振り切り、彼に向かって一直線に駆け出した。
手には、先ほど彼の瘴気で端っこが焦げた『スウェット生地』を握りしめている。
「リゼット!?」
「はい、これ被って!!」
私は彼の頭から、まだ縫いかけだったダボダボの特大スウェットを、バサッと勢いよく被せた。
ジュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
ギデオンの体から噴き出していた凄まじい呪いの瘴気が、スウェット生地の内側に直撃する。
だが。
「……え?」
ギデオンが、間抜けな声を漏らした。
周囲を黒く染め上げようとしていた死の瘴気は、私の【神の裁縫箱】で作られたスウェット生地を通り抜ける瞬間に、なぜか『フワッ……』と白い湯気のようなものに変換されていた。
まるで、お日様に干したばかりの柔軟剤のような、ホカホカして良い匂いの空気が、スウェットの襟元からポッポーと抜けていく。
「ふふっ。間に合わせの布だから完全には抑え込めてないみたいですけど、外に漏れる瘴気は無害化できましたね!」
「あ……? お、俺の……呪いが……?」
ギデオンは信じられないというように、自分の体を包むスウェット生地を見下ろした。
軽くて、柔らかくて、どこも締め付けない。
肌が擦れる金属の痛みもない。
「サイズ、適当に大きめにしちゃいましたけど……どうですか、着心地?」
私が首を傾げて尋ねると、ギデオンは震える手でスウェットの裾をぎゅっと握りしめた。
「……温かい。布って、こんなに……柔らかかったのか……」
ぽろっ、と。
ルビーのような彼の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
数十年間、誰の温もりも知らず、硬い鎧の中で孤独に耐え続けてきた彼にとって、その『ただの部屋着』の柔らかさは、あまりにも優しすぎたのだ。
「あ、あの……」
ギデオンが、おずおずと手を伸ばしてきた。
私に触れたい。でも、触れれば殺してしまうかもしれない。
そんな強烈な恐怖と葛藤が、空中で震える彼の指先から伝わってくる。
「大丈夫ですよ」
私は自分のスウェットの袖を少し伸ばし、布越しに、彼の大きく震える手をそっと包み込んだ。
――チリッ。
「あっ」
彼の手から伝わる呪いの熱量で、私の袖口の布がチリチリと焦げた匂いを立てた。
「ほら、やっぱり……っ! 俺の呪いは強すぎる! いくら君の服でも、直接触れれば焼けてしまう……!」
「焦げちゃいましたね。さすがにタローマンの銅貨一枚の布じゃ、公爵様の呪いを『完全に無効化』するのは無理みたいです」
私は焦げた袖口を見つめながら、困ったように笑った。
「私の今の服じゃ、公爵様を思い切りハグしてあげることはできません。布が耐えきれずに焼け落ちちゃいますから」
「…………っ」
「でも……痛くないでしょ?」
私がそのまま布越しに彼の手を優しく握り直すと、ギデオンはハッと息を呑んだ。
布は焦げる。けれど、その奥にいる私自身には、火傷ひとつ負わせていない。
不完全ではあるけれど、彼は今、確実に『誰かに触れている』のだ。
「痛く、ない……君は、俺に触れても……死なない……っ」
その事実を理解した瞬間、最強と恐れられた呪われ公爵は、まるで迷子から見つけ出された子犬のように、私の袖口に顔を埋めて声を上げて泣き崩れた。
「あぁぁ……っ、あぁぁぁぁぁぁっ……!」
大柄な青年が、私の手(布越しだけど)にすがりついてボロボロと涙をこぼしている。
私は少しだけ焦げ臭い自分の袖を気にしつつも、反対の手で彼の銀髪を布越しによしよしと撫でてあげた。
「(……なんて尊い光景ですの。あの方の涙から、とてつもない太客の匂いがしますの……!)」
背後でリーザちゃんが何やら物騒なことを呟き、キャルルちゃんが「あのリゼットが、アバロンの公爵を完全に手懐けてる……」と頭を抱えているが、今は気にしないでおこう。
ひとしきり泣いて落ち着いたのか、ギデオンは真っ赤に腫らした目で私を見上げた。
そして、地面に片膝をついたまま、私の手を両手(布越し)で恭しく包み込み、震える、けれど熱を帯びた声で言った。
「リゼット、と言ったな。……俺は、ずっと夢見ていた。いつかこの呪いから解放されて、誰かに触れ、そして……ちゃんとした『礼服』を着てみたいと」
「礼服、ですか?」
「ああ。だが、タローマンの布では俺の呪いを完全には防げず、焼けてしまうと君は言った。ならば……」
ギデオンのルビーの瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。
そこには、もう孤独な化け物の影はなかった。一人の男としての、強烈な熱と執着が宿っていた。
「頼む、リゼット。俺の服を……俺の全てを、一生君に仕立ててほしい。君が俺を思い切り抱きしめられる『最高の服』を縫い上げるまで……俺のそばに、いてくれないか!?」
それは服飾の依頼というよりも、ほとんどプロポーズのような響きを持っていた。




