恐怖の呪われ公爵様、私の手縫いパジャマをガン見する ドスゥゥゥンッ!!
恐怖の呪われ公爵様、私の手縫いパジャマをガン見する
ドスゥゥゥンッ!!
アスファルトが蜘蛛の巣状に砕け散り、舞い上がった土煙の中から現れたのは、悪夢を具現化したかのような巨大な黒鎧の騎士だった。
身長は二メートル近いだろうか。全身を覆う重厚で刺々しい漆黒のフルアーマーからは、ドス黒いモヤのような『呪いの瘴気』が止めどなく溢れ出している。
彼が地面を踏みしめるたび、周囲のアスファルトの隙間から生えていた雑草が一瞬にしてドロドロに腐り落ち、枯れ果てていく。
「ひぃぃっ! アバロンの『呪われ公爵』だぁぁっ!」
「触れたら腐るぞ! 逃げろぉっ!!」
タローマンの駐車場にいた買い物客たちは、魔獣の時以上のパニックを起こして蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
無理もない。彼はアバロン魔皇国の筆頭公爵にして、触れるものすべてを腐敗させる『死の呪い』を抱えた化け物――ギデオン公爵、その人なのだから。
(……ああ。また、皆を怖がらせてしまった)
しかし、逃げ惑う人々を見つめる黒鎧の兜の奥で、ギデオンは密かに絶望的な涙を流していた。
(ポポロ村の視察中に魔獣の暴走が見えたから、助けに入ろうと飛び降りただけなのに……。ただでさえ怖いって言われるのに、もっと怖がらせてしまった。どうしよう。俺、本当は動物とか可愛いものが好きなのに……誰も近づいてくれない……っ)
見た目の禍々しさとは裏腹に、彼の中身は信じられないほど繊細で、純情な青年だった。
しかし、呪いの瘴気のせいで声を出そうとすると「ゴォォォォッ」という地獄の底から響くような重低音になってしまうため、誰も彼の本当の心に気づかないのだ。
「――そこまでだ、化け物公爵!」
ドドドォォォンッ! という音速の衝撃波と共に、私たちの前に一人の少女が割って入った。
ラフなストリート系の服に特注の安全靴。ポポロ村の村長であり、元獣人王国の近衛騎士隊長候補でもある月兎族のキャルルちゃんだ。
マッハ1の速度で駆けつけた彼女は、愛用のダブルトンファーを構え、ギデオンを鋭く睨みつける。
「ロックバイソンを一撃で仕留めたのは見事だけど、あんたの瘴気は村にとって有害よ。これ以上暴れるなら、私が相手になるわ!」
ポポロ村を守るためのキャルルちゃんの勇敢な姿。
普通なら、「ああ、助かった!」と彼女の背中に隠れる場面だろう。
だが、私の目は完全に『別の場所』に釘付けになっていた。
(ちょっと待って……あの鎧、絶対におかしい!)
服飾オタクとしての私の血が、激しく警鐘を鳴らしていた。
私はキャルルちゃんの背中をすり抜け、ズンズンと黒鎧の巨漢――ギデオン公爵に向かって歩み寄った。
「リゼット!? ちょっと、何して……危ないわよ!」
「あなた、ちょっとそこに直りなさい!」
「……ゴ、ゴォォォォッ?(え、えええっ!?)」
私がビシッと指を突きつけて説教を始めると、ギデオン公爵は戸惑ったように一歩後ずさった。
キャルルちゃんも、後ろで腰を抜かしているリーザちゃんも、ポカンと口を開けている。
「な、なんなのよあの鎧! 肩のラインが全然合ってないじゃない! それに脇の下の関節部分、装甲が擦れ合って絶対痛いでしょ!? 歩くたびにガチャガチャ言って、肌が擦り切れるわよ!」
「ゴ、ゴォォ……(は、はい……おっしゃる通りで、実はものすごく肩が凝ってて……)」
「しかも通気性が最悪! そんな重くて硬い金属の箱にずっと閉じこもってたら、肌が呼吸できなくて荒れ放題になっちゃう! ただでさえ呪いの瘴気が出てるのに、服のサイズが合ってないなんてストレスの極みよ!」
私はパタンナーとしての目線で、彼の着ている黒鎧の構造的欠陥を次々と指摘した。
呪いを抑え込むために無理やり作られたのだろうが、あれは『服』ではない。ただの拷問器具だ。
「……リゼット、あんた正気? アバロンの筆頭公爵を捕まえて、服のダメ出ししてるの……?」
「だってキャルルちゃん、あれは酷すぎるわ。布への、ひいては着る人への愛が全く感じられないもの!」
私が憤慨していると、ギデオン公爵の兜の奥の赤い瞳が、信じられないものを見るように見開かれた(ように見えた)。
(この少女は、俺を恐れないのか……? いや、それよりも……)
ギデオンの視線が、私の隣でへたり込んでいるリーザちゃんのワンピースに向いた。
先ほどロックバイソンの突進を弾き返した、マリンブルーのフリルワンピース。
ギデオンの足元からは常に死の瘴気が漏れ出しており、タローマンの駐車場の白線すらボロボロに剥がれ落ちているというのに。
リーザちゃんの着ているワンピースの裾だけは、瘴気に触れても全く色褪せず、美しいフリルの形を保っていた。
(俺の瘴気に触れても、腐らない布……だと? そんな馬鹿な。今までどんな魔導防具も、俺の呪いの前では数分と保たなかったのに……!)
「ゴォォォォ……ッ!」
ギデオンは震える手を伸ばし、リーザちゃんの服に触れようとした。
「あっ、ダメ! 女の子に急に触ろうとするなんてマナー違反よ!」
私は咄嗟に、自分の裁縫箱から『作りかけの服』を引っ張り出し、ギデオンの手とリーザちゃんの間に盾のように掲げた。
それは、さっきタローマンで買った端切れの柔らかい布で作ろうとしていた、私用のスウェット(部屋着)の生地だった。
ジュッ……!!
ギデオンの指先から漏れ出した濃厚な瘴気が、スウェットの生地に直撃する。
――チリッ。
スウェットの端っこが、線香の火を押し当てられたように僅かに焦げた。
だが、それだけだった。
「……ゴォッ!?」
「あーあ、端っこが少し焦げちゃったじゃない。手縫いで丁寧に仕上げようと思ってたのに」
「リゼット、嘘でしょ!? 化け物公爵の瘴気を、そんなただの布切れで防いだの!?」
キャルルちゃんが信じられないというように叫んだ。
【神の裁縫箱】で作った服とはいえ、さすがにただのスウェット生地だ。彼の強烈な呪いを「完全に無効化」することはできず、熱で少し焦げてしまったのだ。
だが、ギデオンにとっては世界が引っくり返るほどの衝撃だった。
(布が……たった一枚の柔らかい布が、俺の呪いに耐えている……!? 俺に、こんな優しい布が触れても……一瞬で灰にならないのか……っ!?)
数十年間。
親にも、友にも、誰にも触れられず、柔らかい衣服を着ることすら許されず、冷たく硬い呪いの鎧の中に閉じ込められてきた孤独な魂。
それが今、目の前の少女が縫った『ただの部屋着』によって、初めて受け止められたのだ。
「ゴ、ゴォォォォォォォォォォォォッ!!!」
ギデオンの内部で、抑えきれない激しい感情――驚愕、歓喜、そして狂おしいほどの希望が爆発した。
感情の昂りは、そのまま呪いの瘴気の暴走に直結する。
ギデオンの体から、今までとは比較にならないほどの漆黒の嵐が吹き荒れた。
ピキッ……! ビキビキビキッ!!!
「えっ……?」
悲鳴を上げたのは、彼の体を覆っていた黒鎧だった。
長年彼を無理やり抑え込んでいた継ぎ接ぎだらけの拷問器具が、内側から膨れ上がった膨大な魔力と呪いの圧力に耐えきれず、次々と亀裂を走らせていく。
「ちょっ、危ないっ! キャルルちゃん、リーザちゃん、下がって!」
私が二人を庇うようにスウェット生地を広げた次の瞬間。
ドガァァァァァァァァンッ!!!!
轟音と共に、呪いの黒鎧が粉々に砕け散った。
強烈な爆風が吹き荒れ、黒いモヤが晴れていく中……そこに現れたのは、恐ろしい化け物などではなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
「あの化け物公爵の中身が気になる!」
「リゼットの服のチート感がたまらない!」
「早く素顔が見たい!」
と思っていただけましたら、
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次回、ついに鎧が砕け散った公爵様の素顔が明らかに……!?
そして、限界を迎えた公爵様がまさかの行動に出ます!
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