【神の裁縫箱】の極致。祈りを紡いだ『白銀のタキシード』
【神の裁縫箱】の極致。祈りを紡いだ『白銀のタキシード』
ダッ、ダダダダダッ……。
ポポロ・コーポの自室。
私の踏むミシンのペダルは、もはや私自身の意志を超えて、魔法のように軽やかなリズムを刻んでいた。
(あと少し……。袖山のカーブを合わせて、アームホールを縫い合わせれば……!)
ルナちゃんから譲り受けた『世界樹の糸』は、信じられないほどに素直だった。
普通なら、こんな神話級の魔力を秘めた素材を一般のミシンで縫おうとすれば、針が折れるか、糸が反発して絡まってしまうだろう。
だが、【神の裁縫箱】から取り出した私の魔法の針に糸を通した瞬間、世界樹の糸はまるで「あなたに使われるのを待っていた」とばかりに、スルスルと布地へ溶け込んでいった。
タローマンで買った、メートル銅貨数枚の黒い高級布地。
そこに、月光のような銀の糸が縫い込まれていくたび、布そのものの性質が根底から書き換えられていくのが分かった。
黒かった布地は、世界樹の糸が持つ清浄な魔力と混ざり合い、夜空に瞬く星屑を散りばめたような、美しい『白銀色』へと変貌を遂げている。
「……お願い。彼を守って」
私は、一針ごとに強い祈りを込めた。
ギデオン様は、数十年間、誰にも触れられずに生きてきた。
自分の呪いで他者を傷つけてしまう恐怖に怯え、硬く冷たい鎧の中で、ずっと一人で泣いていた。
そんな彼が、これからは誰の手でも自由に取れるように。
好きなものを好きだと言って、その肌で直接温もりを感じられるように。
そして――私が彼を、思い切り抱きしめられるように。
『絶対保護』。
『状態異常無効』。
『呪縛からの解放』。
私の祈りは、【神の裁縫箱】の力によって『概念』となり、白銀の布地に深く、強く縫い付けられていく。
物理的な防御力だけではない。着る者の魂そのものを守り抜き、癒やすための、究極の衣。
タッ、と。
最後の一針を縫い終え、自動糸切りバサミが軽やかな音を立てた。
その瞬間だった。
カッ…………!!!
「えっ……!?」
完成したタキシードから、強烈な、それでいてひどく優しく温かい光が爆発的に溢れ出した。
部屋の照明なんて比にならないほどの神々しい光の奔流。それは窓を突き抜け、夜のポポロ村全体を真っ白に照らし出した。
光に包まれた私の体から、徹夜の疲労がふわりと抜け落ちていく。まるで、お日様に干したばかりのフカフカのお布団に飛び込んだような、極上の安心感。
「できた……」
私は光の収まったタキシードをそっと持ち上げ、部屋の隅にあるトルソー(マネキン)に着せつけた。
そこにあったのは、もはやただの服ではなかった。
洗練されたピークドラペル(剣先のような襟)が、男性の逞しい胸元を引き立てるデザイン。
動きやすさを重視しつつも、一切のシワを許さない完璧なカッティングとドレープ(ひだ)。
そして何より、布地そのものが自ら発光しているかのような、星空を切り取ったような白銀の輝き。
「私が作れる……最高の、服……!」
感極まって、ホッと息を吐き出した、その時。
バタンッ!!
「リゼット!」
「リゼットさん!!」
勢いよく部屋の扉が開いた。
飛び込んできたのは、息を切らせたギデオン様と、キャルルちゃん、リーザちゃん、キュララちゃんだ。
みんな、外で何か大仕事でもしてきたのか、少しだけテンションが高い。
「あっ、おかえりなさい! みんな、どうしたんですか?」
「どうしたじゃないわよ! 外までとんでもない光が漏れてたから、何事かと思って飛んできたのよ!」
キャルルちゃんが目を丸くして部屋を見回し――そして、トルソーに着せられた『それ』を見て、全員が言葉を失った。
「「「…………っ」」」
部屋の中は、完成したタキシードが放つ微かな銀色のオーラによって、満月の夜のような神秘的な空気に満たされていた。
圧倒的な美しさ。そして、そこから放たれる清浄な魔力の波は、神聖魔法を極めた高位の神官すらも跪かせるほどの神々しさを帯びていた。
「これ……本当に、服なの……?」
天使族であるキュララちゃんすらも、その神聖な気配に圧倒されて震え声を出した。
「わたくしの知っている、どんな王家の宝物よりも……ずっと、ずっと価値のある輝きですの……」
リーザちゃんは拝むように手を合わせている。
そして。
誰よりもその服の意味を理解しているギデオン様は、部屋の入り口に立ち尽くしたまま、食い入るようにタキシードを見つめていた。
「リゼット……」
「はい」
私はトルソーの横に立ち、彼に向かって微笑んだ。
「お待たせしました、ギデオン様。これが、私の持てる技術と、ルナちゃんからもらった世界樹の糸……そして、みんなが集めてくれた想いの全てを込めた、最高の一着です」
私がそう言うと、ギデオン様はふらふらとした足取りで、タキシードの前に歩み寄った。
「これが……俺の、服……」
彼のルビーの瞳から、ツーッと涙がこぼれ落ちる。
彼は震える手を伸ばし、タキシードの袖に触れようとした。
だが、指先が触れる直前で、彼の腕がピタリと止まった。
「……ダメだ」
「ギデオン様?」
「俺には……これを着る資格がない」
ギデオン様は、怯えたように一歩後ずさった。
彼の顔には、これまで見たこともないような深い恐怖と拒絶の色が浮かんでいた。
「ギデオン様、どうしてですか?」
「リゼット……君はこの服を、最高だと言った。世界で一番美しい服だと。俺にも分かる……この服は、神の芸術だ」
彼は自分の両手――黒い手袋に包まれた、呪いを放ち続けるその手を、憎々しげに見つめた。
「俺は、呪われた化け物だ。息をするだけで命を奪い、触れるものを腐らせる泥のような存在だ。そんな俺が……こんなにも美しく、清らかな服を着ていいはずがないっ!」
「……!」
「もし、俺のせいでこの服が……君の命を削って作ってくれたこの奇跡が、黒く汚れてしまったら……俺は、自分自身を絶対に許せない……!」
それは、あまりにも優しいがゆえの恐怖だった。
彼は、自分の呪いが治らないことよりも、私の作った『最高の服』を自分の呪いで台無しにしてしまうことを何よりも恐れているのだ。
それほどまでに、彼は私の服を……私自身のことを、大切に想ってくれている。
「……バカですね、ギデオン様は」
私は、クスッと笑ってしまった。
「リゼット……?」
「服っていうのはね、飾っておくための芸術品じゃないんですよ」
私はトルソーから白銀のタキシードをふわりと外し、両手で抱えるようにして彼に近づいた。
「服は、着る人を守り、着る人を輝かせるためにあるんです。この服は、あなたが着るために生まれてきたんです」
「だ、だが、俺の呪いは……!」
「信じてください」
私は、真っ直ぐに彼の紅玉の瞳を見上げた。
「私の服は、絶対に負けません。あなたの呪いにも、あなたの不安にも、絶対に。……私が、あなたを一人になんてさせないって、この服に誓ったんですから」
私の言葉に、ギデオン様はハッと息を呑んだ。
背後では、キャルルちゃんたちが優しく見守ってくれている。
「ギデオン様。さあ、袖を通してください」
私が白銀のタキシードを差し出すと。
ギデオン様は、ゆっくりと、何度も何度も深呼吸を繰り返し……やがて、覚悟を決めたように目を閉じた。
「……分かった。君の奇跡を、俺の全てを懸けて信じよう」
彼は着ていたコートを脱ぎ、震える手で、白銀のタキシードの袖を掴んだ。
その手に、かつての迷いはもうない。
彼は大きく息を吸い込み、呪いの殻を打ち破るように、力強く袖を通した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「ついに完成した白銀のタキシード!」
「公爵様が服を汚すのを怖がるの、優しすぎて泣ける……」
「リゼットちゃんの言葉、最高にカッコいいお針子だ!」
と少しでも胸を熱くしていただけましたら、
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次回、ついにタキシードに袖を通した公爵様!
彼の呪いはどうなるのか!? そして、待ちに待った限界突破の「あれ」が……!?
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