第96話:夕暮れの帰還と、温かい出迎え
「レオ! 水を汲んできたわよ、大丈夫――って、あら?」
冷たい水を布に浸して走ってきた男の子の母親が、元気を取り戻しておでこに青い折り蛙を当てている息子の姿に目を丸くした。
「母ちゃん、見て! この子がくれた蛙、すっごく冷たくて頭がスーッとするんだ!」
「まあ……! お嬢さん、うちのやんちゃ坊主を助けてくださって、本当にありがとうございます」
母親が深々と頭を下げてお礼を言ってくれる。
人助けができた誇らしさと気恥ずかしさで、私は小さく微笑んで首を横に振った。
「ううん、元気になってよかったです。お日様の下で遊ぶときは、水分もしっかり取ってくださいね」
淑女のマナーレッスンで教わった品格を崩さず、でも気取らないように会釈を返す。
男の子と母親が手を振って帰っていくのを見送りながら、私はふと西の空を見上げた。
空はすでに茜色に染まり、家々の窓にポツポツと明かりが灯り始めている。
「……おっと、もうこんな時間か。そろそろ戻らないと、屋敷の二人が本気で軍隊を動かしかねないね」
お兄様が苦笑いしながら私の手を握り直す。
両親との『日没前には必ず帰る』という約束を思い出し、私たちは急いで待機していた馬車へと乗り込んだ。
◇
公爵邸のエントランスに馬車が滑り込んだ瞬間、扉が勢いよく開け放たれた。
「オリカッ! 無事か! 怪我はないか! 不届き者に絡まれたりはしなかったか!?」
「オリカ、おかえりなさい! ああ、神様、本当によかった……!」
今にも泣き出しそうなお父様とお母様が、二人がかりで私をぎゅっと抱きしめてきた。
足元では留守番を頑張ったノワールが『わふんわふん!』と尻尾をプロペラのように回しながら、私の足元に体をすり寄せて甘えてくる。
「お父様、お母様、ただいま戻りました! お兄様がずっと守ってくれたから、危ないことなんて何もありませんでしたよ」
腕の中で笑う私を見て、お父様はほっと胸を撫で下ろし、それからお兄様の肩を力強く叩いた。
「……よくやった、ルファス。妹を無事に連れ帰ったな」
「当然です。僕の約束に嘘はありませんから。それに父上、オリカは街で素晴らしい魔法の才能を見せてくれたんですよ」
お兄様が得意げに街での出来事を話し始めると、両親は驚きと誇らしさに目を輝かせた。
美味しいものを食べ、新しい素材に出会い、誰かを笑顔にできた一日。
過保護な家族の温もりに包まれながら、私の心は満ち足りた幸福感でいっぱいになるのだった。




