第95話:小さな木陰と、ひんやり折り蛙
腕いっぱいに抱えきれないほどの珍しい紙の束は、影に潜む護衛の人たちが音もなく受け取り、馬車へと運んでくれた。
お兄様の過保護な護衛網、本当に優秀すぎる。
買い物を終えて市場の広場に戻ると、午後の日差しはさらに強くなり、初夏の熱気が石畳から立ちのぼっていた。
「ふう……結構歩いたね、オリカ。そこの噴水の木陰で少し休もうか」
「はい、お兄様!」
木陰のベンチに腰を下ろすと、少し離れた日向で、小さな男の子が地面に座り込んでぐったりしているのが目に入った。
顔を真っ赤にして、手にした木剣を放り出している。
どうやら炎天下でチャンバラごっこに夢中になりすぎて、軽い熱中症のようになってしまったらしい。
「うう……あつい……喉かわいた……」
遠くで母親らしき人が慌てて水を汲みに走っているのが見えるけれど、戻るまで少し時間がかかりそうだ。
(あの子、大丈夫かな……あ、そうだ!)
私はさっき買ったばかりの、青い『霜降り草の紙』をポシェットから一枚取り出した。
指先を滑らせ、正方形の紙をテキパキと折っていく。
折ったのは、ちょこんと座る手の平サイズの『蛙』。
錬金術で適度な柔軟性を与えつつ、大気中に漂う冷気の波長を意識して、ごくわずかにマナを通す。
素材自体が冷気を好む性質を持っているおかげで、火マナのときのような暴走は一切起きない。
紙の表面にうっすらと霜のような涼やかな魔力が宿り、掌に心地よい氷の感触が伝わってきた。
「オリカ、それは……?」
「ちょっと待っててくださいね、お兄様!」
私はベンチを降りて男の子の元へと駆け寄り、しゃがみ込んだ。
「はい、これどうぞ!」
「……え? かえる……?」
男の子がおずおずと小さな手で青い折り蛙を受け取ると、手の平から首筋にかけて、スーッと心地よい冷気が広がった。
まるで冷たい湧き水に触れたような爽やかさに、男の子の瞳がパッと見開かれる。
「うわぁ……! つめたい! すっごく気持ちいい!」
「首の後ろやおでこに当てると、もっと涼しくなるよ」
男の子は嬉しそうに折り蛙をおでこにペタッと貼り付け、さっきまでのぐったりした様子が嘘のように笑い声をあげた。
「オリカ、素晴らしい機転だね」
追いついてきたお兄様が、誇らしそうに私の頭を撫でてくれる。
素材の特性を活かした私の新しい折り紙が、誰かのピンチを救えた瞬間だった。




