第94話:裏通りの職人と、不思議な紙
甘いジュースで喉を潤したあと、市場の賑やかな大通りを抜けて、少し落ち着いた石畳の路地へと足を踏み入れた。
木工品や革製品の工房が立ち並び、トントン、カンカンと職人たちの作業音が心地よく響いている。
「このあたりは職人街だよ。父上の領地でも腕利きの細工師や素材屋が集まっているんだ」
お兄様が周りを警戒しつつも、興味津々の私に合わせて歩調を緩めてくれる。
ふと、古びた看板を掲げた小さな工房の前で、私の足がぴたりと止まった。
「……ん? 紙の、お店?」
軒先には、様々な色や手触りの紙が干されていた。
公爵家で普段使っている純白の最高級羊皮紙とはまるで違う、繊維の粗いもの、木皮の模様がそのまま残ったもの、そして――ほんのりと魔力を帯びた紙。
「おや、いらっしゃい。おチビちゃんとお兄ちゃん、珍しい紙に興味があるのかい?」
奥から出てきたのは、エプロンをつけた白髪混じりの店主だった。
指先にはインクや植物の樹液が染み付いていて、いかにも長年紙を漉いてきた職人という風情だ。
「こんにちは! あのおじさん、この青みがかった紙はなんの紙なんですか?」
「ほう、目ざといね。それは北の霊峰に自生する『霜降り草』の繊維を漉き込んだ紙さ。破れにくくて湿気にも強いんだが、硬くて普通のインクを弾いちまうから、買い手がつかなくてね」
店主は苦笑いしながら、一枚の青い紙を手渡してくれた。
指先で触れた瞬間、私の中にピリリと澄んだ感覚が走る。
(……すごい! 風のマナだけじゃなくて、冷気の波長をものすごくよく通す……!)
錬金術で耐久度を上げた紙とはまた違う、素材そのものが持つ自然の魔力伝達率の高さ。
これなら、以前苦労した『熱の制御』とは逆に、周囲の熱を冷ますような新しい魔導折り紙が作れるかもしれない。
「おじさん、この紙、全部譲っていただけますか!」
「えっ、あ、ああ、構わないが……」
目を輝かせて身を乗り出す私に、店主は目を丸くした。
すると横から、お兄様がすかさずジャラリと金貨の入った革袋を取り出し、机の上にトンと置く。
「店主、その紙をあるだけと、他にも魔力耐性のある変わった紙があれば全部包んでくれ。お釣りはいらないよ」
「お、お兄様!? だからお財布の紐が緩すぎますってば!」
慌てて止める私をよそに、お兄様は満足そうに「オリカの魔法の研究に役立つなら安いものさ」と微笑むのだった。




