第93話:ふわふわの甘味と、兄の財布の緩みっぷり
ジューシーな串焼きでお腹を落ち着かせた後、お兄様に手を引かれてやってきたのは、市場の一角で行列を作っている焼き菓子屋さんだった。
「おじさん、ここで一番人気の『月果実の焼きパイ』を二つください!」
「へい、お兄ちゃん! 焼き立てでパイ生地がサクサク、中のクリームがトロトロのやつだよ!」
紙包みを受け取ったお兄様からパイを手渡される。
ほんのり温かいパイからは、甘いバニラと焼きリンゴを足したような香ばしい匂いが立ちのぼっていた。
(うわぁ、このビジュアルは絶対おいしいやつ……!)
我慢できずに、サクッと小さくかじる。
薄い層が何重にも重なった生地が軽やかに崩れ、中から熱々の果実クリームがとろりとあふれ出した。
「――っ! サクサクで、甘くてすっごくおいしいです、お兄様!」
「オリカ、口元にクリームがついてるよ。……あはは、本当に美味しそうに食べるね」
お兄様は目尻を思いっきり下げ、またしてもハンカチで私の口元を優しく拭ってくれた。
前世の感覚だと「買い食いで行儀悪くしてないかな」と少し気にしてしまうけれど、お兄様の顔には妹が喜んでいることへの満足感しかない。
「オリカ、あっちに果汁のジューススタンドもあるよ。喉は渇いていないかい? あとあっちの揚げパンも、それからあそこのリボン屋さんも……!」
「お、お兄様、落ち着いて! そんなに一気に食べきれませんし、買いきれません!」
屋敷を出る前に「僕が全部ご馳走するからね」と言っていたお兄様だが、完全に財布の紐が千切れ飛んでいる。
私がおいしそうに食べる姿を見るたびに、公爵令息としての金銭感覚がどこかへ吹き飛んでいるようだ。
「でもオリカ、屋敷ではこんなふうに街のものを食べる機会なんてなかっただろう? 学院に入ったら寮生活になるし、今のうちにたくさん甘やかしてあげたいんだ」
真剣な顔でそんなことを言われてしまい、胸の奥がじんわりと温かくなる。
過保護で心配性すぎる家族だけれど、その根底にあるのはどこまでも純粋な愛情なのだ。
「ふふ、ありがとうございます。じゃあ、喉が渇いたので冷たい果汁ジュースを半分こしましょう!」
「うん! オリカと半分こ、嬉しいな!」
パッと花が咲いたような笑顔を浮かべるお兄様の手を握り直し、私たちは甘い余韻に浸りながら、次の賑やかな通りへと歩き出したのだった。




