第90話:二重構造と、ぬくもりの折り鳥
大騒ぎになった火傷未遂(?)事件から一夜明け、私はさっそく図書室でエリアス先生と机を突き合わせていた。
足元ではノワールが「今日は無茶しないでね」と言わんばかりに、私の足にアゴをちょこんと乗せている。
「昨日の失敗を分析してみましょう。火のマナが暴走した原因は二つあります。一つは火マナの『連鎖して膨らむ性質』。もう一つは、紙の表面全体から『熱が外へそのまま漏れ出してしまったこと』です」
エリアス先生が黒板代わりに用意した羊皮紙に、図を描きながら分かりやすく解説してくれる。
「紙を燃やさない錬金術の付与は見事でした。ですが、触れる人間を守るための『断熱』までは考慮されていませんでしたね」
「はい……熱そのものを紙の内側に閉じ込めて、外側には必要な分だけ伝える工夫が必要なんですね」
(前世でいうところの……魔法瓶とか、二重構造のタンブラーみたいな仕組みかな?)
前世の知識をヒントに、私は頭の中で構造を組み立てていく。
ただ一枚の紙に火マナを宿すのではなく、紙自体に『内層』と『外層』の二重の術式を施せばいいはずだ。
私は新しい赤い魔導折り紙を取り出し、指先に意識を集中させた。
内側には【火マナの蓄積と循環】。
そして外側には【熱の遮断と、ほんのりとした放熱】。
錬金術で異なる二つの術式を紙の表裏に編み込み、もう一度、小さな『小鳥』を丁寧に折り上げる。
そして、周囲の火マナをごくわずかに呼び込んだ。
じわり……。
小鳥の胸元がほんのり橙色に発光し、今度は爆発的な熱暴走を起こすことなく、穏やかな光を放ち始めた。
「……っ! 先生、触れます! 熱くない、すっごく温かいです!」
手の平に乗せた小鳥からは、まるで焼きたてのパンや日向ぼっこのような、心地よいぬくもりだけがじんわりと伝わってくる。
「素晴らしい……! 紙の表裏で術式を分ける『二重結界構造』ですか。たった一晩でここまでの改善策を導き出すとは……オリカ様の柔軟な発想には脱帽です」
エリアス先生が目を輝かせて拍手を送ってくれた。
『わふぅ〜♪』
ノワールが恐る恐る鼻先を近づけ、心地よい温もりだと分かると、嬉しそうに目を細めて小鳥にすり寄る。
「これなら、寒い冬にポケットに入れて持ち歩ける『携帯カイロ』にもなりますね!」
「ええ、実用性も抜群です。失敗をただの失敗で終わらせず、新しい技術の糧にする……オリカ様、魔導士として何より大切な一歩を踏み出しましたよ」
先生の温かい言葉に、私は手の平の小さな灯火を見つめながら、誇らしさで胸をいっぱいに満たすのだった。




