第87話:テラスのお茶会と、涼風の折り蝶
翌日の午後。日差しが柔らかく降り注ぐテラスには、白いテーブルクロスが敷かれ、上品なティーセットが並べられていた。
「オリカ様、背筋は自然に。カップを持つ指先は力を入れず、小指を軽く添えるだけにしましょう」
「はい、先生」
エリアス先生のアドバイスを思い出しながら、私は息を整えてティーカップを持ち上げた。
カチャリと音を立てないよう静かに口元へ運ぶ。
お母様特製の柑橘系ハーブティーの香りが、ふわりと鼻腔をくすぐった。
「うん、とても優雅で美しい所作ですよ。力みもすっかり抜けています」
向かいの席からお兄様が嬉しそうに微笑み、足元では専用の骨型クッキーをもらったノワールが満足そうにしっぽを揺らしている。
「ではオリカ様、このリラックスした呼吸のまま、大気のマナを折り紙へ流してみてください」
「はい!」
私はカップをソーサーに静かに戻し、机の上に置いた薄青色の魔導折り紙に手を伸ばした。
お茶を飲んで体が温まり、肩の力が完全に抜けている今なら、マナの流れがよりはっきりと感じられる。
サラサラと流れる指先で折ったのは、二枚の羽を広げた小さな『蝶』。
大気中の風のマナが、まるで水面に落ちた雫紋のように自然と紙の折り目へと溶け込んでいく。
息を吹きかけるまでもなく、青い蝶はテーブルの上からふわりと舞い上がった。
パタパタ……と優雅に羽ばたく蝶がテラスを一周すると、澄んだミントのような涼やかで心地よい風が、テーブルを囲むみんなの頬を優しく撫でる。
「……わあ、涼しい! 風車よりもずっと滑らかにマナが巡っているよ」
お兄様が感嘆の声を漏らし、エリアス先生も深く頷いた。
「力みのない完璧な循環です。マナーという『落ち着いた心の型』が、魔力の安定に最高の効果をもたらしましたね」
先生の言葉に、私は飛び交う青い蝶を見上げながら、確かな手応えに胸を弾ませるのだった。




