第84話:中庭の風と、大気のマナ
歩行マナーのコツを掴んだ数日後、授業の舞台は屋敷の中庭へと移った。
爽やかな風が吹き抜ける芝生の上で、エリアス先生はそのまま芝生の上に腰を下ろし、私にも同じように座るよう手招きした。
ノワールも気持ちよさそうに草の上に寝転がり、風の匂いをかいでいる。
「さてオリカ様、いよいよ『大気中の魔力循環』の実践です。まずは目を閉じて、風の音に耳を澄ませてみてください」
言われた通りにそっと目を閉じる。
サラサラと揺れる木の葉の音、遠くでさえずる鳥の声、そして肌を撫でる柔らかな空気の動き。
「世界には、私たちが使う体内魔力とは別に、自然そのものが放つ微細な『マナ』が満ちています。息を吸い込むように、周りの風の気配を自分の呼吸に合わせてみましょう」
(周りの風と、私の呼吸を合わせる……)
深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
すると、自分の体の輪郭が溶けていくような不思議な感覚とともに、中庭を満たすキラキラとした淡い緑色の光の粒子が、まぶたの裏に浮かび上がってきた。
「……見えます、先生。緑色の光が、風と一緒に流れてる」
「素晴らしい感性です。では、その光の流れを邪魔しないよう、指先で折り紙を折ってみてください」
私は目を開けず、指先の感覚だけを頼りに緑色の魔導折り紙を手に取った。
折るたびに、周囲の大気から淡い光の粒がスーッと紙の折り目へと吸い込まれていく。
自分の魔力をほとんど消費していないのに、紙自体が心地よい熱を帯びていくのが分かった。
出来上がったのは、四枚の羽を持つ小さな『風車』。
そっと目を開けて手の平に乗せると、風車は無風のはずの手の上で、カタカタと心地よい音を立てて自発的に回り始めた。
「大気のマナをそのまま動力として定着させましたね。これならオリカ様の体力を削ることなく、長時間の魔法維持が可能になります」
『わふぅ♪』
ノワールが回る風車を目で追いながら、楽しそうに前足を伸ばす。
「すごい……! 自然の力を借りると、こんなに軽くて優しい魔法になるんだ」
ただ紙を折るだけだった私の魔法が、世界の理と繋がり、一歩先へと進んだ瞬間だった。




