第83話:頭の上の本と、魔法のバランス
こうして始まった、エリアス先生による特別授業。
最初の難関は、やっぱり公爵令嬢としての『基本姿勢と歩行マナー』だった。
「オリカ様、顎を引いて、視線はまっすぐ前へ。頭の上の本を落とさないよう、ゆっくりと歩いてみてください」
先生に促され、私は頭の上に分厚い革表紙の本を乗せて一歩を踏み出す。
(うう……背筋をピンと伸ばして、すり足にならず、ドレスの裾を蹴らないように……って、意識することが多すぎる……!)
生まれた時から貴族なら自然に身につくのかもしれないけれど、前世がごく普通の庶民だった私には、この優雅な立ち居振る舞いがなかなかの重労働だ。
プルプルと足が震え、頭の上の本がグラリと傾く。
「あっ――!」
バサッと本が滑り落ちそうになった瞬間、私は反射的にポケットから取り出した小さな魔導折り紙に魔力を通した。
パタパタッ!
手の平から飛び出した二羽の折り鶴が、落ちてくる本の角をクチバシと翼で器用に支え、ふわりと私の頭の上へ戻してくれた。
『わふっ!』
足元で見守っていたノワールが、楽しそうにしっぽを振る。
「ふふっ、落ちるのを防ぐための見事な機転ですね」
エリアス先生は怒るどころか、感心したように目を細めてくすりと笑った。
「それにオリカ様、今の魔力の使い方はとても興味深いです。本を落とさないよう体幹に意識を集中させたことで、無意識のうちに体内の魔力の巡りまで美しく安定していましたよ」
「えっ……本当ですか?」
「ええ。マナーの所作で美しい姿勢を保つことは、実は体内の魔力回路をまっすぐに整えることにも繋がっているのです。マナーと魔法、別々に考えるのではなく、連動させて覚えていきましょう」
「マナーが、魔法の練習にもなる……!」
ただの窮屈な作法だと思っていたマナーが、自分の魔法を研ぎ澄ます鍵になると知った瞬間、パッと目の前が明るくなった。
(それなら、苦手なマナーの特訓も一石二鳥で頑張れるかも……!)
先生の教え方に背中を押され、私はもう一度頭の上の本を整え、自信を持って前へと歩き出すのだった。




