第78話:最後の一人と、穏やかな風
お父様の手元にある書類を覗き込むと、そこには柔らかな筆跡で『エリアス・ハルト』と書かれていた。
前の二人と違って、名門貴族の家庭教師歴やアカデミーの教授といった派手な経歴はない。
地方の魔導研究機関で植物や生活魔法の研究をしつつ、平民や下級貴族の子供たちに読み書きや基礎魔法を教えてきたという、少し変わった経歴の青年だった。
トントン、と穏やかなノックの音が響く。
「失礼いたします。面接に伺いました、エリアス・ハルトと申します」
扉が開いて入ってきたのは、仕立ては地味だが清潔感のある青緑色のローブをまとった、優しげな顔立ちの青年だった。
琥珀色の瞳はとても澄んでいて、部屋に入った瞬間も、公爵邸の豪華な調度品に気後れすることなく、ただ自然体で佇んでいる。
『……わふっ♪』
私の足元にいたノワールが、警戒を解いて嬉しそうに小さく尻尾を振った。
動物は嘘をつけない。
ノワールがここまで初対面で心を許すのは、本当に心根が綺麗な証拠だ。
(うん、嫌な気配が全然しない……! まるで森の木陰にいるみたいに穏やか)
エリアスはお父様たちに丁寧にお辞儀をしたあと、私の視線に気づくと、威圧感を与えないようふわりと優しい笑みを浮かべた。
「ハルト殿、我が公爵家の厳しい書類選考をよく通過してくれた。君がオリカに何を教えたいと考えているか、聞かせてもらおうか」
お父様の問いかけに、エリアスはまっすぐな瞳でお父様、そして私を見つめ返したのだった。




