第4話:鉄血の宰相、盛大に勘違いする
バタンッ! と勢いよく
部屋の扉が開いた。
「オリカ! パパの天使よ!
寂しかっただろう、
今戻ったぞ!」
入ってきたのは、
相変わらず私を見る目が
デレデレに溶けきっているパパ。
一国の宰相ギルバートだ。
私は大慌てで
ベビーベッドの柵につかまり、
立ち上がるフリをして
普通の赤ちゃんを装った。
(パ、パパおかえり!
いま私の服の胸元で、
パパの国家機密書類(鶴)が
パタパタ動いてるけど気にしないで!)
服の中で折り鶴が
もぞもぞと動くのが分かって、
冷や汗が止まらない。
くすぐったいのを必死に耐える。
「おお、オリカ!
パパを出迎えてくれるのか!
なんていい子なんだ……!」
パパは私をベッドから
ひょいと抱き上げ、
頬ずりをせんばかりに抱きしめた。
その瞬間、パパの鋭い視線が
部屋のある一点で止まる。
――ソファの上だ。
「……む? 確かここに、
先ほど陛下から預かった
極秘の外交書簡を
置いておいたはずだが……」
パパの顔から一瞬で
親バカの笑みが消え、
他者を震え上がらせる
『鉄血の宰相』の冷徹な顔に戻る。
(ひっ……! 目が怖い!)
「おい、そこのメイド。
私が不在の間、この部屋に
誰か入ったか?」
低い、地を這うような声。
指名されたメイドさんは、
恐怖で顔を真っ白にさせて
ガタガタと震え出した。
「い、いえ! 滅相もございません!
ギルバート様が退出されてから、
どなたも入室しておりません!」
「ならばなぜ書類がない。
あれは他国との同盟に関する
最重要機密だぞ。
もしや、我が家に間者が――」
(やばいやばいやばい!!
このままだと間者疑惑で
大騒ぎになって、
部屋の徹底捜査が始まっちゃう!)
そうなれば、私の服の中の
動く折り鶴が見つかるのは
時間の問題だ。
私は一か八か、
パパの意識をそらすために
渾身の「赤ちゃん演技」を
披露することにした。
「あうー! ぱーぱ、ばぶっ!」
パパの引き締まった頬に、
私のふにふにの小さな両手を
ぺちっと当てる。
そして、これ以上ないくらいの
うるうるした瞳でパパを見つめた。
効果はバツグンだった。
「……ふぇっ!?」
パパの口から、威厳の欠片もない
奇妙な声が漏れ出た。
冷徹な氷の男の表情が、
一瞬で霧散していく。
「オ、オリカがいま……
パパ、と言ったか?
パパの頬に触れて、
パーパと……ッ!?」
「ばぶー(言ってないよ、パパって
呼ぶ練習のフリだよ)」
「あああ! なんという愛らしさだ!
そうだ、間者などどうでもいい!
いや、そもそも間者などおらん!」
パパはガシッと自分の頭を掴んだ。
「思い出したぞ……!
私はオリカのあまりの尊さに
理性を失い、あの書類を
執務室に置いたまま
ここへ来たと錯覚していたのだ!
そうだ、私がうっかりしていただけだ!」
(えぇー……。パパの記憶が
都合よく改ざんされたわ……)
一国の宰相が、
娘の可愛さによって
自分の記憶のガバさを
全肯定している。
「すまなかったな、メイドよ。
私の勘違いだ。
私は急ぎ執務室へ戻る!
オリカ、パパはすぐ戻るからね!」
パパは私をベッドに戻すと、
「パパって言った……」と
ブツブツ呟きながら、
魂が抜けたような顔で
部屋を飛び出していった。
バタン、と扉が閉まる。
私はベッドの中で、
大きくため息をついた。
(……危なかった。
パパの親バカフィルターのおかげで
助かったわ……)
私は胸元から、
窮屈そうにしていた文字まみれの
折り鶴を引っ張り出す。
ツルは「ぷはっ」と
息を吐き出すような仕草をして、
私の手のひらで
羽をパタパタと整えていた。
(でも、どうしよう。
パパが執務室を探しても、
当然書類は見つからないわよね。
本当に【錬金】で
元に戻せるかしら……?)
国家機密を折り鶴にしてしまった
0歳児の私は、
これからの書類修復ミッションに
向けて、小さな頭を悩ませるのだった。




