第38話:ピンチと、小さな騎士
「ははっ、すごいよノワール!
風を捉えて空中を走るなんて、やっぱり君は伝説の聖獣だ!」
青空を『キャハハーン!』と言わんばかりのテンションで
ピョンピョンと駆け回るノワールを見上げて、
お兄様は大はしゃぎで拍手を送っている。
(お兄様、感心してる場合じゃないわよ……!
あんな目立つ場所でふわふわ飛んでたら、
お屋敷の見張りや庭師さんに見つかっちゃうじゃない!)
私はハッと正気に戻ると、
小さな手で「おーい!」と手招きしながら叫んだ。
「のわーう! おりてきてー!(ノワール、降りてきてー!)」
『わんっ!』
私の声を聞きつけると、
ノワールは空中を滑るように優雅に下降し、
私の目の前に着地すると、得意気に『ふふん』と胸を張った。
(ふぅ……よかった、誰も見てなかったみたいね。
……って、安堵したのも束の間!)
ざざっ……ザッ、ザッ……。
森の入口の方から、落ち葉を踏みしめる
「誰かの足音」が近づいてくるのが聞こえた。
「ルファスさまー? オリカさまー?
そろそろおやつの時間ですよー?」
(メイドのエマさんの声だわーーーっ!?)
私とお兄様は「ヒッ……!」と息を呑んだ。
ここはお兄様の『秘密の練習場』とはいえ、
お屋敷のすぐ裏手。
探せばすぐに辿り着いてしまう距離なのだ。
(まずい、ノワールを見られたら大変なことに……!)
「オリカ、ノワールを茂みに隠すんだ! 僕が時間を稼ぐ!」
お兄様が勇ましく前に出ようとした、その時。
察しの良いノワールは、
自ら音もなく低く姿勢を低くすると、
私とお兄様を守るように、静かに茂みの影へと滑り込んだ。
『……(すっ)』
(えっ、身のこなしがプロの忍者並みに素早い……!)
聖獣としての知能が高すぎるのか、
ノワールは完璧に気配を消し、草むらに溶け込んでみせた。
「ルファス様、こちらにいらっしゃいましたか」
茂みをかき分けて現れたエマさんは、
ちょこんと座る私と、冷や汗を流して立っているお兄様を見て
優しく目を細めた。
「まあ、ルファス様と一緒に森でお散歩でしたか。
……あら? ルファス様、なんだかすごく緊張されたお顔を……?」
「あ、ううん! なんでもないよエマ!
オリカに……そう、剣の構えを教えていただけだからね!」
(お兄様、動揺しすぎて嘘が下手くそすぎるわ……!)
冷や汗ダラダラのお兄様と、
茂みの中から「任せろ」と言わんばかりのつぶらな瞳で見つめてくるノワール。
私は心の中で「頼むから吠えないでね……!」と祈るのだった。




