第30話:茂みの奥からの訪問者
ガサガサガサッ!
静かな森の空き地に、
明らかに大きな何かが茂みをかき分ける音が響く。
「っ……! オリカ、僕の後ろへ!」
お兄様は一瞬で表情を引き締めると、
素早く私を背中に庇うようにして立ちふさがった。
まだ小さな背中なのに、その佇まいはまさに一人の騎士だ。
(お、お兄様カッコいい……!
けれど、ここ公爵邸のすぐ裏手よね?
まさか魔物とかが出たりしないわよね……!?)
私はドキドキしながら、
お兄様の腰の後ろから、そっと茂みの方を覗き込んだ。
ガサッ……。
大きく揺れた葉っぱの隙間から、
ぬっと姿を現したのは――。
『ぐぅ……?』
(……ん? クマ? ううん、違うわ……)
そこにいたのは、漆黒の毛並みを持った
大きな犬……いや、小さな子熊ほどのサイズがある
モフモフとした黒い魔獣だった。
しかし、恐ろしい魔獣という雰囲気は微塵もない。
その体はあちこちに小さな擦り傷があり、
足を引きずるようにして、力なくハァハァと息を吐いている。
どうやら、どこかで怪我をして逃げ込んできたようだった。
「あれは……黒狼の子ども……?
怪我をしているのか……?」
お兄様は警戒を解かないまま、静かに呟く。
怪我をした子狼は、
私たちに危害を加える気力すらないようで、
力尽きたようにその場にペタンと伏せてしまった。
つぶらな瞳で、助けを求めるようにこちらを見つめている。
(うっ……かわいそうに……。
きっと森の奥で強い魔物に襲われちゃったのかな……)
弱々しく『くぅん……』と鳴く子狼を見て、
私の胸がキュッと痛む。
(待って。怪我……怪我といえば……!
私のお風呂場の『ウォーター』って、
確か万能薬レベルの治癒効果があったわよね……!?)
私は自分の小さな手を見つめた。
目の前で苦しんでいる小さな命。
お兄様の前でまた魔法を使うのはリスクが高すぎるけれど、
このまま放っておくなんて、絶対にできない――!




