第188話:影の導き手と、師の誇り(エリアス先生の決意)
月明かりが差し込む地下通路の暗がりから、静かな靴音が響いた。
「こんな夜更けに、少し思い詰めた顔をされていますね、オリカ様」
現れたのは、エリアス先生だった。いつも通り乱れのない完璧な身だしなみで、眼鏡の奥の瞳を穏やかに細めている。
「エリアス先生……。すみません、明日からの戦いのことを考えていたら、心が落ち着かなくて」
「無理もありません。地下大空洞に眠る古代の影……それは、この学園都市が長年背負ってきた負の遺産でもありますから」
先生はゆっくりと歩み寄り、私の少し前で立ち止まると、教壇に立つ時のように背筋を正した。
「ですが……オリカ様。私が初めてあなたの『折り紙魔法』を目にした日のことを覚えておられますか?」
「え……? はい。魔法の授業で、私が紙を折っていた時……」
「ええ。当時の学園の常識では、紙などという脆弱な媒体に魔力を込めること自体が異端であり、失笑の対象でした。ですが、あなたは違った。構造の論理と魔力の循環を信じ、一枚の紙から『絶対の防御』を生み出してみせた」
エリアス先生は胸元から一枚の古いメモ帳を取り出した。そこには、私がこれまで考案してきた『千紙陣』の幾何学構造が、先生の繊細な筆致で克明に記録されていた。
「私はあの日、確信したのです。この少女は既存の魔導の枠組みを塗り替える存在になると。……そして何より、あなたの魔法には『人を慈しむ心』が宿っていると」
「先生……」
「師として、これほど誇らしい生徒はありません。古代の残滓があなたの英知を盗み見ようなど、万死に値する愚行です」
先生は低く静かな声の中に、隠しきれない静かな怒りと、揺るぎない覚悟を込めて言葉を紡いだ。
「明日の決戦、敵の術式解析および魔導線の遮断はすべて私が引き受けます。オリカ様はただ、ご自身の信じる『折り紙』に集中なさってください。……あなたに傷一つ負わせるような真似は、このエリアス・ハルトの誇りにかけて、絶対にさせはいたしません」
「はい……! エリアス先生、よろしくお願いします!」
深々と礼を執る先生の背中に、私はどれほど巨大な盾よりも絶対の安心感を覚えていた。




