第178話:穏やかな日常と、忍び寄る不穏
学園街での賑やかな休日が明け、学園には再び穏やかな日常が戻っていた。
「オリカちゃん、おはよう! 今日の座学、一緒にノートまとめましょう!」
「おはようございます、エレナさん。ええ、喜んで!」
教室に入ると、エレナさんとライアン君が爽やかな笑顔で迎えてくれる。
定期演習を終えてからというもの、クラス全体の絆はより一層深まり、教室には温かい雰囲気が満ちていた。
放課後には、いつものように魔法実習室で自主トレーニングを行う。
机の上に広げた魔導紙を指先で丁寧に折り進めながら、私は自分の魔法の感触を確かめていた。
「……うん、パーツ同士の魔力循環はすごくスムーズ。千紙陣の展開スピードも、演習の時より縮められそう」
「ガウッ」
足元では、ノワールが満足そうに目を細めて尻尾を振っている。
演習の時の活躍を経て、ノワールも私の成長を心から喜んでくれているみたいだ。
前世では病室の窓から外を眺めるだけだった私が、こうして信頼できる仲間や大切な家族、そして頼もしい聖獣に囲まれている。
その当たり前のような幸せが、胸が痛くなるほど愛おしかった。
――だが、その平和な空気の裏側で、静かに異変は始まっていた。
「……おい、聞いたか? 最近、街の郊外にある魔力観測所が不審な魔力変動を感知したらしいぞ」
「魔力変動? また魔物の異常発生か?」
「いや、魔物とは違う、もっと不気味で古い魔力波形だって話だ……」
廊下を通りかかった上級生たちの会話が、ふと耳に入る。
(古い魔力波形……?)
胸の奥に、ほんの少しだけ冷たい予感が走った。
その日の夜、実家の大屋敷に戻ると、書斎からお兄様とエリアス先生の低い話し声が漏れ聞こえてきた。
「アレクシス様、街の外縁部で報告された魔力痕跡ですが……過去の文献にある『古代呪具』の波動と極めて類似しています」
「……何だと? 誰かが学園都市の周辺で良からぬ企みを進めているというのか」
お兄様の声には、いつもの過保護でコミカルな雰囲気はなく、生徒会長としての冷徹な鋭さが宿っていた。
「オリカには絶対に危険を及ぼさせん。影の警戒網を倍に増やせ」
「承知いたしました」
ドアの陰で息を潜めていた私は、小さく拳を握りしめた。
(お兄様たちも、何か異変に気づいている……)
穏やかな日常のすぐ足元に、暗い影がゆっくりと忍び寄り始めていた。




