第152話:初めての生地と、込めた想い
翌日、朝の陽射しが差し込む邸の厨房には、甘いバターと香ばしい小麦の香りが漂っていた。
「ふふ、料理長。朝早くから厨房をお借りしてしまってごめんなさいね」
「とんでもございません、オリカ様! エリアス様からお話を伺ったときは驚きましたが、オリカ様手作りのクッキーとなれば、喜んで全面協力させていただきますよ!」
料理長が笑顔で道具と材料を整えてくれ、私はエプロンの紐をキュッと結び直した。
(前世ではずっと病院暮らしだったから、お菓子作りなんて一度もやったことがなかったっけ……。前世と今世を合わせても、これが私の人生で初めてのお菓子作り……!)
ボウルの中でバターと砂糖を混ぜ合わせ、粉をふるい入れていく。
「上手にできるといいなぁ……」とぽつりと呟いた私に、傍らで見守ってくれていた料理長が温かい眼差しを向けた。
「大丈夫でございますよ、オリカ様。大切な方々を喜ばせたいというお気持ちが、何より一番の隠し味ですからね」
「ふふ、ありがとうございます! 頑張りますね」
料理長のアドバイスを受けながら、滑らかに練り上げた生地を慎重に薄く伸ばしていく。
星やお花といった可愛い型抜きはもちろん、今回はさらに「特別な形」にも挑戦するのだ。
ナイフと竹串を巧みに使い、生地の上にお父様の優しく凛とした眉や口元、お母様の柔らかい微笑みと綺麗な髪を描いていく。
「そして……ノワールの分も忘れずにね」
「くぅん!」
足元で匂いにつられたノワールが、待ちきれない様子で前足をちょこんと乗せてきた。ノワールの分は、砂糖を使わない犬用の特製生地で愛くるしいお顔の形に仕上げる。
やがてオーブンから香ばしい香りが立ち上り、こんがりと綺麗に焼き上がった。
お父様とお母様、そしてノワールの笑顔が並んだ、世界に一つだけのクッキーの完成だ。
トレイを手にした私の胸は、初めてのお菓子作りをやり遂げた達成感と、驚く家族の顔への期待でいっぱいだった。




