第140話:見えざる波紋と、先生の深謀
お父様の執務室を辞した後、私とエリアス先生は私室へと戻り、次なる社交の構想について話し合っていた。
陽が傾き始め、琥珀色の光が部屋を満たしていく中、エリアス先生は手元の羊皮紙に素早く筆を走らせている。
「クロエ様との繋がりにより伝統派の中立層を固め、クラリッサ様との交流により新興・革新派の信頼を得た……。オリカ様、これで貴女の基盤は双方向から非常に強固なものとなりました」
「エリアス先生の的確な助言があったおかげです。でも……グランベル家がこのまま引き下がるとは思えません」
私がソファに座り直し、膝の上のノワールの背をゆっくりと撫でながら呟くと、先生は手を止め、静かにこちらへ視線を向けた。
「おっしゃる通りです。グランベル侯爵は、自らの脅迫めいた圧力が功を奏していないと知れば、より陰湿、あるいは直接的な手段に出てくる可能性があります。例えば……社交の場における直接の妨害や、噂の捏造などです」
「噂の捏造……」
「ええ。ですが、ご安心ください。すでに私の方でも、グランベル家と接触のある特定の家門の動向、および社交界における噂の発信源については監視の目を配置しております」
先生の言葉には、一切の揺らぎもなかった。
「彼らがどのような画策をしようとも、事実に基づかぬ悪意は、丁寧かつ冷徹に事実をもって押し潰すまで。オリカ様はただ、次のお茶会に向けて心を整え、美しい所作を磨くことだけに集中なさってください」
「はい……! 先生がいてくだされば、どんなことがあっても大丈夫だと思えます」
先生の静かな微笑みに背中を押され、私は深々と頷いた。
グランベル家の足音が静かに近づいているとしても、私には守るべき誇りと、信頼できる仲間がいる。明日からの社交に向けて、私は一層強く心に誓うのだった。




