第121話:小さな逃亡者と、路地裏のお忍びでお茶会
「物陰から見てた……って、殿下、そんな危険なところに潜んでいらしたのですか?」
思わず半眼で問い詰めると、カルロス殿下は「へへっ」と悪びれもせずに笑った。
「だってさ、あのレオナルドが鼻高々に挑みかかっていったのに、オリカちゃんが完璧なマナーとドレスの仕掛けであっさりいなしただろ? 胸がすっとしたよ! あいつ、城に来るたび威張り散らしててさぁ」
「……はあ。ですが殿下、城の護衛の方々から逃げ回るのは感心いたしませんね。王族のお立場というものを――」
エリアス先生がすかさず教育者らしい厳格な表情で説教を始めようとすると、カルロス殿下は「うわ、出た!」と頭を抱えた。
「頼むから説教はやめてくれよ、先生! ぼくはただ、教科書の中だけじゃなくて、自分の目で王都の街や人々の暮らしが見たかっただけなんだ! 城の中に閉じ込められてるだけじゃ、将来いい指導者になんてなれないだろ!?」
そう主張するカルロス殿下の翡翠色の瞳には、単なるワガママだけではない、強い好奇心と真直ぐな熱意が宿っていた。
(あ……この気持ち、ちょっとわかるなぁ)
私も前世の記憶があるとはいえ、この世界でずっと公爵家のお屋敷で大切に守られて育ってきた。街の活気や、自分の知らない世界をこの目で確かめたいというカルロス殿下の気持ちが、なんだか他人事には思えなかったのだ。
「先生……殿下の仰ることも、少しだけ分かります。王都の市井を知るのも、きっと立派な学びの一つですよね?」
「オリカ様まで……。……はぁ、仕方のない方々だ」
私が助け舟を出すと、エリアス先生は諦めたように長めの溜め息を吐いた。
「分かりました。ただし、条件があります。護衛の者たちには私から連絡を入れ、身の安全を保証した上で、私が同行するお忍びの『街の社会見学』とさせていただきます。よろしいですね、カルロス殿下?」
「本当!? やったぁ! サンキュー、先生! それにオリカちゃんも!」
パッと顔を輝かせたカルロス殿下に、私の足元で静かに佇んでいたノワールも「フシュー」と鼻息を鳴らし、少し警戒を解いたように大きな尻尾をゆっくりと振った。
「よしっ! じゃあさっそく、ぼくが目をつけてた路地裏の隠れ家カフェに行こうよ! 護衛の目を盗んで見つけた、とっておきの店なんだ!」
こうして、自由奔放な第二王子様を連れた、ちょっぴり特別で賑やかな王都散策が始まるのだった。




