第10話:天才家庭教師、1歳児に敗北する
1歳になった私には、
最近お決まりのポジションがある。
それは、お兄様の
お膝の上だ。
エヴェレット家の英才教育は厳しい。
だけど、重度のシスコンであるお兄様は
「オリカがそばにいないと集中できない」
と大真面目に主張し、
私を膝に抱っこした状態で、
家庭教師の授業を受けるのが日課になっていた。
お兄様の家庭教師は、
皇国でも有名な超エリート魔導師の
セバスチャン。
厳格で魔法理論にうるさい苦労人だ。
「ルファス様、魔力制御の基礎が
甘いですよ。魔力は『流す』のではなく
『支配する』ものです」
「……すまない、セバスチャン。
つい、膝の上のオリカのふにふに感を
堪能していたら、気が緩んでしまった」
「……はぁ。閣下にそっくりで
ため息が出ますな。
まぁ良いでしょう。オリカ様も
魔力5の生活魔法使いとはいえ、
早いうちから英才教育の空気に
触れるのは悪いことではありません」
セバスチャンは完全に諦めた顔で、
私の同席をスルーして授業を続ける。
「ではルファス様、まずはこの
小さな火種を消す訓練です」
セバスチャンが指先でポッと
小さな火種を作り、
消火の魔法理論を教え始めた。
(うーん、魔法理論かぁ。
前世のゲーム知識とこの世界独自の理論、
ちょっと違うのね。
あ、ここをこうすればもっと効率よく……)
お兄様の膝の上から、
私は興味津々で、セバスチャンの指先の
魔力の流れを観察していた。
【MP:∞】の私は、
魔力を「視る」能力も異常に高い。
セバスチャンの複雑な魔力の動かし方が、
まるでコマ送りのように
頭の中で理解できてしまうのだ。
(なるほどね。こうやって、
魔力を細く収束させて……)
私はなんとなく、お兄様の腕の間から
小さな指先をぴっと動かした。
その瞬間だった。
シュボッ。
セバスチャンの指先から出ていた
「理論的に消すのが難しい」はずの
独自の火種が、完全に消滅した。
いや、消滅どころではない。
セバスチャンが構築していた
魔力の「回路」そのものが、
私の指先から放たれた極小の魔力で
完璧に最適化(修正)されてしまったのだ。
「……は?」
セバスチャンが絶句した。
私を抱っこしていたお兄様も、
目を見開いたまま固まっている。
「いま……何が起きた?
僕の目の前で、セバスチャンの術式が
一瞬で『上位魔法』の構成へと
上書きされたような……?」
セバスチャンは震える手で
自分の指先を見つめ、
信じられないといった様子で私を見た。
「オ、オリカ様……?
まさか今、私の術式を『改良』されたのですか?
先日の測定では、確かに生活魔法の数値だと
伺っていたはずですが……これはいったい……!」
(あ、しまったあああーっ!!
お兄様の膝の上だからって、
安心しすぎてうっかり無意識に
ハッキングしちゃった……!)
私はあわてて、
「ばぶっ、あーうー」と
ヨダレを垂らしながら赤ちゃん語でごまかした。
しかし、セバスチャンは顔色を真っ青にして、
震える声でお兄様に告げる。
「ルファス様……今すぐ、
公爵閣下と夫人をお呼びしてください。
……このお方は、
将来、間違いなく歴史に名を刻む
『魔法の理の超越者』です」
セバスチャンの瞳に、
恐怖と、トランス状態のような畏敬の念が宿る。
(バレた!? いや、まだ1歳の私が
喋って言い訳できるわけないし……!
お兄様、お願いだから今のは
『ただの偶然、赤ちゃんの気まぐれ』ってことで
何とか誤魔化されて、スルーしてーーーっ!)
ただの消火見学のつもりが、
エリート家庭教師を瞬時に驚愕させてしまうという
新たな危機が、
私の隠密スローライフを
激しく脅かし始めるのであった。
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