第112話:社交の洗礼と、氷の扇
「ふふ、お上手な挨拶ですね。ですがオリカ様、王都の夜会はもう少し“刺激的”なものですよ」
レオナルド様が意味深に微笑むと、彼の手元から微かな魔力の波動が放たれた。
人混みの混雑に紛れ、ごく自然な仕草で私の足元へ小さな熱素(火魔法の微粒子)を滑らせてきたのだ。
(あ、これ……お兄様を揺さぶるための軽いイタズラ兼、私の実力テストだ!)
社交界によくある「ちょっとした粗相」を装い、ドレスの裾を焦がしたり焦らせたりして公爵家の面目を潰す仕掛け。
けれど、お兄様や父上が激怒して腰の剣に手を伸ばしかけたその一瞬よりも早く、私のドレスは反応していた。
絶対不壊・元素無効の魔法が施されたシルクは、レオナルド様の放った火素を一切寄せ付けない。
それどころか、帯飾りに仕込んでおいた霜降り草の『氷の折り花』が自動で周囲の熱を吸収し、不快な熱気を一瞬で爽やかな冷気に変えてしまった。
(冷んやりして気持ちいい……!)
焦げるどころか、私の周りだけ心地よい涼風がふわりと吹き抜ける。
何も起きていないかのように、私はエリアス先生に教わった通り、扇を胸元でゆっくりとパタパタと動かした。
「夜会の熱気で少し暑いですわね。でも、この涼しさなら快適に過ごせそうです」
涼やかな笑みを浮かべ、完璧な『拒絶と受け流し』の扇捌きを見せる。
「なっ……!?」
秘かに放った魔法が跡形もなく消え去り、涼顔でいなされたレオナルド様が、今度こそ完全に絶句した。
お兄様と父上は「我が娘(妹)の防御と余裕の完璧さを見たか!」とばかりにドヤ顔で胸を張っている。
「……失礼いたしました。ルファスの妹君がこれほどの『怪物』……いえ、素晴らしい才能の持ち主だとは思いませんでした」
レオナルド様は素直に負けを認め、深々と頭を下げた。
「オリカ様。探りを入れるような真似をして申し訳なかった。……ルファスが自慢したくなる気持ちが、今よく分かりましたよ」
お兄様のライバルである年上の先輩から、一人前の淑女として、そして一人の魔法使いとして認められた瞬間だった。
(お兄様と同世代のすごい人にも、ちゃんと通用してよかった……!)
圧倒的な要塞防御と完璧なマナーで社交界のファーストコンタクトを制し、私は胸をなでおろすのだった。




