第103話:社交界の予習と、先生の忠告
ドレスの採寸でクタクタになった午後、私は図書室でエリアス先生と向かい合っていた。
机の上には、普段の魔導書ではなく、ずっしりと重い『貴族名鑑』と家系図が広げられている。
「さて、オリカ様。園遊会まで残された時間はわずかです。本日は王都の夜会における勢力図と、注意すべき人物について頭に入れておきましょう」
先生が眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、羽ペンで相関図をトントンと指した。
足元では、長丁場の勉強を察したノワールが私の足元にペタリと伏せて、静かに見守ってくれている。
「公爵家である皆様は、王族に次ぐ最高位の血筋です。そのため、オリカ様に対して直接無礼な態度を取れる者はそう多くありません。……表立っては、ですが」
「裏では、いろいろと探りを入れてくる人がいるってことですね」
「ええ。特に我が家と並ぶ他家の上位貴族たち――彼らは公爵家の動向、とりわけ今まで公の場に姿を見せなかった『愛娘のオリカ様』がどんな才覚をお持ちなのか、血眼になって観察してくるでしょう」
先生は名鑑の1ページを開き、ある家紋を指し示した。
「特に注意すべきは、西の守りを司るグランベル侯爵家です。当主は野心家で、息子のレオナルド卿は王立魔導学院でもルファス様と常に首席争いを繰り広げているライバル関係にあります」
「お兄様の、ライバル……!」
「はい。ルファス様が学院でどれほど妹君を溺愛しているか、学院中が知るところですからね。オリカ様の言動一つで、お兄様を揺さぶろうとしてくる可能性もゼロではありません」
先生の言葉に、私は思わず額に手を当てたくなった。
お兄様、学院でどれだけ私の話をしているのだろう……。完全に弱点として認識されてしまっている気がする。
「ですが、過度に恐れる必要はありません。オリカ様がこれまでに身につけたマナー、そして何よりその聡明さがあれば、どんな牽制も優雅に受け流せます。……それに」
先生はふっと口元を緩め、真剣だった瞳を和らげた。
「夜会には、他家の同年代の子どもたちも集まります。社交の場であると同時に、オリカ様と同世代の友人を作る良い機会でもありますよ」
「同世代の、お友達……」
屋敷では家族や先生、使用人たちに囲まれて温かく過ごしてきた。
以前のお披露目会で、少し生意気な男の子にちょっかいを出されたことはあったけれど、あれはまともな交流とは言えなかったし、心を通わせ合えるようなお友達はまだ一人もいない。
「緊張もするけれど、普通にお話しできるお友達ができたら……少し楽しみになってきました」
「その意気です。では、次は挨拶の際の扇の使い分けと、視線の配り方の復習に入りましょうか」
「はい!」
未知の世界への不安を、知的好奇心と前向きな覚悟へと変えて、私は背筋をピンと伸ばし直すのだった。




