第102話:母の気合いと、仕立て屋の戦場
夜会への参加が決まった翌日、私の部屋は朝から異様な熱気に包まれていた。
「さあオリカ、今日から夜会当日まで、一分の隙もない完璧な準備を整えますわよ!」
いつもはおっとりとして優しいお母様の瞳に、かつてないほどの炎が宿っている。
部屋の中には、王都から急遽呼び寄せられた腕利きの仕立て屋や職人たちがずらりと控えており、色とりどりの最高級の絹やレース、宝石箱が所狭しと並べられていた。
「お母様、あの……そんなに大勢の方を?」
「当然ですわ。我が公爵家の至宝であるオリカが社交界にお披露目されるのです。誰よりも愛らしく、誰よりも気品に満ちた装いに仕立て上げねばなりません!」
お母様の号令のもと、採寸のメジャーを持った仕立て屋の女性が真剣な表情で歩み寄ってきた。
「失礼いたします、オリカお嬢様。……まあ、なんて見事な姿勢でしょう。肌のきめ細やかさも、まるで上質な陶器のようですわ!」
「ほ、褒めすぎです……」
腕を広げたり回されたりしながら、細かく寸法を測られていく。
前世の量販店で適当に服を選んでいた感覚からすると、ミリ単位で身体に合わせるオーダーメイドの作業は、それだけで圧倒されてしまいそうだ。
「布地は夜空を映したような深い藍色か、それともオリカの瞳を思わせる澄んだ色彩か……宝石は過度にならず、しかし公爵令嬢の格を落とさぬよう……」
お母様が職人たちと熱い議論を交わしている後ろで、扉の隙間からひょっこりと顔を出している人物がいた。お兄様だ。
「母上、装飾に魔導鉱石を編み込むのはどうですか? いざという時、結界が展開できるような仕掛けを仕込めば、不埒な輩からオリカを完璧に守れます!」
「ルファス、ドレスの美観を損ねるような重たい鉱石を詰め込んでは、オリカが疲れてしまいます。防御結界なら目立たぬよう裏地の糸に付与すれば十分です」
「なるほど、さすが母上……!」
(お兄様もお母様も、方向性は違えど過保護のベクトルが全力すぎる……!)
思わず苦笑いが漏れるけれど、私のためにこれほど真剣になってくれる家族の姿は、やはり温かくて誇らしい。
「ふふっ、お母様もお兄様もありがとうございます。私、このドレスを綺麗に着こなせるように、エリアス先生とのマナーの練習ももっと頑張りますね」
私がにっこりと微笑むと、お母様とお兄様、果ては仕立て屋の職人たちまでが胸を押さえて「なんて愛らしい……」と息を呑んだ。
社交界デビューという大舞台に向けて、公爵家総出のドレス作戦が本格的に幕を開けたのだった。




