第100話:百の歩みと、次なる季節
厨房からの帰り道、ハインツさんからお礼にと持たせてもらった焼きたての小さなクッキーをかじりながら、私は中庭の回廊を歩いていた。
足元では、おこぼれのクッキーをもらったノワールが、満足そうにしっぽを左右に振っている。
「お父様のための温かいカイロの小鳥に、料理長を助けた保冷の折り蛙……」
指折り数えてみると、前世の記憶を取り戻し、折り紙と錬金術を掛け合わせてから、本当に色々なことができるようになった。
最初はただ、赤ちゃんの小さな手で紙を折ることすらひと苦労だったのに。
今では自然のマナを取り込み、素材の性質を見極め、周囲の人たちを笑顔にできる魔導具まで作れるようになっている。
「オリカ様、ここにいらっしゃいましたか」
回廊の先から歩いてきたのは、手帳を胸に抱えたエリアス先生だった。
「先生! ハインツさん、すごく喜んでくれました。木箱の中がずっと冷たいまま保てるって!」
「ええ、厨房の様子は先ほど耳に入りましたよ。素晴らしい実用化の第一歩です」
先生は私の目線に合わせて腰を落とすと、琥珀色の瞳を優しく細めた。
「オリカ様が私の元で学び始めてから、早いものでもうすぐ一年が経とうとしています。基礎的な魔力循環、礼儀作法、そして属性の制御……。七歳にして、これほど高い完成度で習得された生徒を、私は他に知りません」
「先生が、分かりやすく教えてくれたおかげです!」
「ふふ、謙虚なところもオリカ様の長所ですね。ですが、ここからが本当の始まりです」
先生は手帳を開き、カレンダーが描かれた頁を指先でトントンと叩いた。
「間もなく秋を迎え、冬を越えれば、オリカ様も八歳。少しずつ、公爵家の令嬢として公式の場――他家との夜会やお茶会への顔見せも増えていきます」
先生の言葉に、私はキュッと背筋を正した。
屋敷の中という温かな守られた檻から、貴族社会という複雑な外の世界へ。
学院入学までの残り五年をどう過ごすか、次なる試練の足音が少しずつ近づいているのを感じる。
「他家の貴族たちとの交流……。緊張するけれど、今の私ならきっと大丈夫ですよね」
「ええ。オリカ様のその手には、世界でたった一つの素晴らしい魔法と、品格ある所作が備わっていますから」
先生の力強い後押しに、私は力強く頷いた。
家族の温かな愛に守られながら、私の歩みは確かな自信とともに、次の季節へと進んでいくのだった。




