ステータスは存在しません
「……つまり、初期設定を全部スキップして、チュートリアルも無しにいきなりフィールドに放り出されたっていうこと?」
『…………いえ、状況はもっと最悪です』
「!?」
これ以上最悪なことがあるかと僕は思ったが、ラムダは意味の無い嘘をつくことはしないだろう。
『カナト、あなたは正規の転生の神による、この世界の住人としての生命の再構成をされていません。ですから本来、この世界の人間がもつ数値的ステータスは表示されない、というよりもカナトには”そもそも無い”のです』
「……ということは?」
『はい。一般的な異世界転生者のように、魔物を倒して自動的にレベルが上がったり、スキルポイントを振ったりする機能は、あなたには実装されていません。今のあなたは、ただの“こちらの世界の空気を吸っている地球人”です』
ぼくは、絶望した。
期待していたチート能力も、全属性魔法も、最強ステータスも、全部「仕様外」の一言で片付けられてしまった。
「じゃあ僕はレベルも上がらないし、スキルも魔法もなーーんにも使えないわけ!?」
『ま、まあそういうことになります。レベルはそもそも無いので上がりようがありませんし、地球人がスキルや魔法を使えるという事実はワタクシのデータには存在しません』
そりゃそうだが…………、なんてこった。
「で、でもさっきラムダがステータスアップしろって言ったんじゃないか」
『確かに、言いました。しかしそれは数値的ステータスを上げるという意味ではなく、単に鍛えるという意味合いで言ったまでです』
えーーー、今さら筋トレかよぉ。ステータスが上がるわけじゃないのに意味あるのかな。
『意味はあります。少しでもこの世界で生き残る可能性をあげるのであれば』
まあ確かに。
「そりゃあ鍛えれば多少は筋力や体力は上がるんだろうけど、この世界でそれが役に立つの?」
『直接的にはもちろん、何の役にも立ちません。ですが、ワタクシのスキルを利用する際には必ず必要になるでしょう。この世界にはカナトの生命を脅かすような存在が現れるのは容易に推測できますので』
まあ、異世界なんだから魔獣やらなんやら出てくる事はあるだろう。
『数値的ステータスを持たないカナトは、致命傷を受ければ即座に死亡してしまいます。HPが1だけ残るというような幸運がそもそも存在しないからです。それに状態という概念もないので甦ることも出来ません』
はーー、なるほど。異世界用に生命を再構成してステータスが付与されるって、そういう理由があったんだーー。
…………って、おいっ!
「ラ、ラムダさん!?それってどういうッ、ていうかここの世界の人達ってHPが0にさえならなければ死なないって事!?」
『もちろん首をはねられたり、心臓を貫かれればほとんどの人はカナトと同様に絶命します。そうですね、ステータスに関してはカナトが保有していないので説明は不要かと思いましたが、必要ですか?』
「はー、いや、もういいや…」
僕は再び絶望した。
『ですが、カナト。絶望するには及びません』
ラムダの声が、少しだけ真剣みを帯びる。
『加護が与えられていないということは、同時に「世界の管理システム」に縛られていないということでもあります。本機は、ワタクシがかつて保持していた機能の断片を、カナトの「スキル」として再構築することが可能です。ただし――』
「ただし?」
『それには莫大な演算能力……すなわち、ワタクシの電力を消費します。現在の残量28%では、新たな機能をインストールした瞬間にシャットダウンするでしょう』
結局、そこに戻るのか。なぜラムダが僕のステータスよりも充電問題の方を重視したのか、今になってようやく理解できた。
「……分かったよ。ステータスは、君が機能を解放してくれない限り、僕の筋トレとかの努力次第ってことだね。で、その肝心の充電だけど、どうすればいい? さっき『電力という概念はこの世界にはない』って言ってたよね」
『ワタクシはカナトのいた世界の科学によって作られた存在ではありますが、それと同時にかつてはこの世界の”何か”でもありました。全く異なる異世界の概念が融合した今のワタクシが、充電の回復に電気を利用するしかないとは思えません』
そうだな。
だが、ラムダは一体何に分類されるんだ?少なくとも意思はあるわけだから、ただの物扱いということはないはずだ。もちろん人と判断されはしないだろうがーーー
「そうだ!ラムダにはステータスってないの?」
するとそんな事はないはずなのだが、僕は確かにラムダがハッとしたのを感じた。
『な、なるほど。それは想定をはるかに越える素晴らしい提案です』
ま、まあ提案というか単に疑問だっただけなのだが、ラムダにとっては僥倖だったらしい。
『早速やってみましょう…………では、ステータスオープン!』
ラムダが言うやいなや、僕の目の前に確かに現れたのである。かつて僕が漫画、アニメでこれでもかという程見てきた、圧倒的ステレオタイプなステータスウインドウが。
「で、出たね…」
『出ましたね』
僕たちは内容を確認するのも忘れ、しばしそのステータスウインドウを眺めていた。
本当に出た。
なぜ?
僕には無いのに、なぜイヤホンのラムダにステータスがあるわけ?
窓から差し込む月光は、僕の知っている月よりも少しだけ青白くーー
それはまるで僕の心境を写し出すかのようにただ静かに浮かんでいた。




