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イヤホンつけたら強制接続 ~耳元で囁く相棒と、世界のルールを書き換える~  作者: 不諦
異世界に転移した僕は何をすべきか

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明日に向かって

 銀の杯亭の二階、客室の中は至って普通だった。これで銅貨二枚なら文句のつけようがないほどだ。


 『やはり立地が大きいのでしょうね。何故こんな所で宿屋を営んでいるのでしょう』


 「さあ、どうなんだろ。とりあえず今日はもうさすがに疲れたな。女将さんが用意してくれるご飯を頂いたら寝るよ」  

 

 『カナト、あなたは特に何もしていないではないですか……、寝る前にトレーニングくらいはして欲しいですね』


 えーーー、やだやだーー。

 何て言ってられないか。身体強化なしでも《自動戦闘》を使えるように鍛えるんだっけ? そんなの無理な気もするが、まあ体力があるに越したことはないからな。

 

 「それにしてもここへ来てさらに二人も僕を認識できる人に会ったね」


 『そうですね、カナトの事を認識出来る条件と共にワタクシの目的が何であるか、カナトをワタクシが選んだ理由も含めて、今後充電の問題をクリアした時に全てを《解析》したいものです』


 そこだよなぁ。《解析》は確かに万能感あるけど、充電がかなり削られるからなんでもかんでもというわけにはいかないものな。


 「まあでもーーー」


 『ーーーカナト、誰か来ます』 


 おっと、女将さんか?それとも給仕なのかな。どちらにせよようやくまともな食事にありつけそうだ。


 コンコンーーー


 「どうぞ」


 相手が誰であれ、こちらを認識してもらわないと困るので、一応こちらから声をかけておく。

 

 「お食事をお持ちしました」

 

 入ってきたのは女将さんではなく、給仕の女性だった。愛想のいい笑顔と整った顔立ちは、この宿の評判を支えている理由の一つなのかもしれない。


 「あ、ありがとうございます」


 「それではこちらに置いておきますね」


 給仕の娘はそれだけ言うとすぐに仕事に戻っていった。僕に対してほとんど無反応なのは、はたして認識されにくいからなのか、それとも単に興味が湧かないからなのか…。


 「……悲しくなるから考えるのはよそう」


 僕はさっさと食事を済ませると、ラムダに《清浄》で綺麗にしてもらい床についた。


 「明日はギャングを相手にするんだよね?」


 『その予定です』


 ラムダはいつも通り冷静に答えるが、二度目の戦闘で早くも対人戦になるのか。


 「もしかして相手を殺すことにもなるかな?」


 『……必要ならばそうしますが、カナトは手を汚したくはないですか?』


 うーーん、ハッキリ言って分からないんだよな……。ベアウルフの時も自動戦闘だったし、今回もそうなるだろうからーーー。


 『しかし、今回は自動戦闘は極力使用しない方向で考えています。もちろん相手の出方次第ですがーーー』


 え、そうなの?

 ……無理かも。

 『出来れば今回は身体強化だけで乗り切っていただきたいのですが。ギャングくらいであれば十分勝機はありますので』


 たとえ相手を殺すことになったとしても、僕が精神的に持つならってことだよね?

 

 『まあ、そういうことです』


 でもそうかなぁ?ギャングは確かにベアウルフよりは弱そうだけど、数が多いし戦闘のプロもいそうだけど…。


 『そこは…おそらく大丈夫なはずです。ギャングのほとんどはカナトを認識できないのではないかとワタクシは推測します』

 

 「え?条件が分かったの?」


 『いえ、まだ憶測に過ぎませんがベアウルフ、そしてリオに依存している村の人間のほとんど、コナ以外のスラムの子達が認識しないのです。ギャングがカナトを認識できる可能性は限りなく低いと思われます』


 まあ、言われてみれば確かにそうかもな。


 『もちろんイレギュラーはあるでしょうから、自動戦闘もいつでも準備はしておくつもりです。身体強化をしておけば、ある程度は持つでしょう』


 でもいきなり戦えるかな…如何に身体強化されているとはいえ、僕は格闘など習ったこともないし喧嘩もしたことないのに。


 『不安でしたら少々もったいないですが、身体強化がどのくらいのものか試しておきますか?』


 ずいぶんと魅力的な提案をしてくる。

 たしかラムダは充電のあてがあるといっていた。それならば《身体強化》でどの程度僕が戦えるようになるかは測っておきたい。


 「よし、やってみよう」


 『承認しました《身体強化》を実行しますーーーただし、張り切りすぎて部屋を壊さないように、お金がないのですから』


 おっと、その忠告は助かる。調整はラムダじゃなくて僕の方でしなくちゃならないってわけだな。


 「も、もう強化されてる?」


『はい、すでに《身体強化》を実行済みです。時間は3分に制限しましたので、早く試してみてください』


 おいおい、随分短いな。まあ、充電を考えればそんなものなのだろう。


 そしてーー


 「うわぁ、か、軽い……!」


 軽く片足で跳ねてみただけで、天井の梁に頭をぶつけそうになり、僕は慌てて身をかがめた。


 床板がミシミシと嫌な音を立てる。確かに張り切りすぎたら、一発でこのボロ宿を壊してしまいそうだ。


「あらら、指一本で壁に穴が開きそうだよ……」


『力の出力調整はカナトの意識次第です。道具を握るのではなく、触れる程度の感覚を意識してください』


 言われた通り、おそるおそる木製のテーブルの端を撫でるように力を込めた。

 指先がヌッと木目に沈み込みかけ、慌てて手を離す。


 その後は拳の開閉を繰り返して感覚を叩き込んでいると、ふっと全身の伸びやかな高揚感が引いていった。


『3分経過しました。《身体強化》を解除します』


「はぁ……たった3分なのに、なんか変な汗かいたよ」


 感覚の調整だけで精一杯だったが、自分の素手だけで人を倒せるほどの威力が手に入ることは実感できた。


 ベッドの端に腰を下ろし、僕たちは明日の作戦を簡単に擦り合わせる。

 作戦は至ってシンプルだ。スラムの子供たちを救うため、ギャング「バーディスー家」のアジトに乗り込む。

 相手のほとんどは僕を認識できないはずなので、《身体強化》を使った不意打ちで一人ずつ確実に無力化していく。


『万が一、認識できる者や強力な戦闘手腕を持つ者が現れた場合は、即座に《自動戦闘》へ切り替えます。無理は厳禁ですよ、カナト』


「了解。……頼むから、僕が誰も殺さずに済む展開であってほしいけどね」


 とりあえずの作戦会議を終え、僕はベッドに横たわった。ラムダの《清浄》のおかげで体はさっぱりしているものの、精神的な疲労はピークに達していた。


 天井の薄暗い木目をじっと見つめていると、胸の奥から急速に冷や汗のような違和感がこみ上げてくる。


(……僕、一体今何やってるんだろう)


 ほんの数日前まで、僕はどこにでもいるただのサラリーマンだった。満員電車に揺られ、上司の顔色を窺い、特に目的もない日々を過ごす毎日。


 それが今や、謎の存在が宿ったイヤホンと共に異世界へ飛ばされ、魔物を倒し、呪いを解き、明日はギャング組織を相手に喧嘩を売ろうとしている。

「正気じゃないよな……」

 思わず口から漏れた呟きは、暗い客室の中に寂しく消えた。


『…………』


 恐怖がないわけじゃない。殺し合いになるかもしれない明日が恐ろしいし、元の世界に戻れる保証だってどこにもない。それでも、コナやノアールの顔を思い浮かべると、自分だけ逃げ出す気にもなれなかった。


『カナト、思考の過熱を検知しました。明日に備えて睡眠を推奨します』

 

 耳元で鳴る、いつも通りの淡々とした声。


「……そうだね。おやすみ、ラムダ」


『おやすみなさい、カナト』


どこか冷たく、けれど確かに寄り添ってくれる相棒の声を聞きながら、僕の意識は深い眠りへと落ちていった。




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