銀の杯亭
一目散に部屋へ飛び込んだコナは、ノアールの姿を見るなり、その場にへたり込んだ。
「ほ、ホントに治っちる……」
「ハハ、だから言ったじゃないか。今はまだ眠っているからそっとしておいてあげて」
不思議そうに僕を見つめるコナと子供達。何か聞きたいことがありそうだが、さすがに今日はもう勘弁して欲しい。
「今日はもう休もう。ノアールも僕も、今は休息が必要だ」
ひとまず、一番の目的は果たせた。
だが、僕がこの町でやるべきことは、まだ終わっていない。コナと子供達を苦しめるギャング。だが、その問題に向き合うのはさすがに明日からでもいいだろう。
「わ、分かったら。これをやるからカナトは宿屋に泊まるといいら」
そう言ってコナは麻袋を僕に手渡した。
「これは……」
「約束の通行料ーーーあと宿代はおまけら」
おお、助かる。しかし通行証がなくても大丈夫なんだろうか。
「今日はアタチの通行証を貸しちやるら。ギルド証と違ってどれが誰のかは分からんからそれで泊まるといいら。おまえ、明日またこっそり外に出て入り直すんらろ?」
なるほど、通行証は身分証にはならないってことか。ちゃんとした身分証を手に入れるにはギルドへの登録が必要ってわけだ。
「ありがとう、助かるよ」
「行くなら銀の杯亭がいいら。あそこは安くて良い宿屋らろ」
何から何まで……コナは基本的に人の面倒をみるのが好きなんだろうな。
僕はふとあの村のお人好しが過ぎる、変わった女の子を思い出した。
ーーーリオ、今頃どうしているだろうか。
『そう言えばリオとコナは似ています。もしかしたらカナトを認識できる条件とも関わりがあるのかもしれません』
そうなのかなぁ。確かに二人とも世話好きではあるけど……。
世話好きな人ほど僕を認識出来る、か。いや、それだけではないだろう。それならもう少し認識出来る人間が多くてもよさそうだ。
『もっとサンプルが集まれば《解析》で特定することが出来るでしょう』
そうだな。それもそう先のことではないだろう。この街は大きいし、今後更に多くの人達と関わることになるだろうからな。
「それじゃあ、いこうか。その銀の杯亭とやらにーーーと、その前に」
僕はスラムに建てられたボロの平屋を眺めながら、ラムダに一つスキルの使用を指示する。
『《清浄》ですか?エネルギー残量も多くはないというのにーーーカナト、あなたも中々のお人好しですね』
まあ、そういうなって。せっかくノアールが良くなったってのに、他の病気にでもなったら目も当てられないじゃないか。
『まあ、そういうことにしておきますか。承認しました、スキル《清浄》を実行します』
僕はコナたちが暮らす建物全体に《清浄》を施すと、その場をあとにして銀の杯亭へと向かったのだった。
そしてしばらくはコナに言われた通り、裏路地を灯りのある方に歩くとすぐにスラムを抜ける事が出来た。
つまり、最初にあの平屋に行ったときは、随分遠回りをしていたんだな。
『カナトや他のギャングにアジトの場所が特定されないようにするためでしょう。ほらカナトーーー右手方向、あれじゃないですか?』
言われた方に目をやると、杯に酒を注ぐ絵が描かれた看板が見えた。
これが『銀の杯亭』か。スラムに面しているという立地的にも、ここが安い宿屋というのは頷けるがその分強盗なども多そうだ。
その対策なのだろう、扉の前には屈強なボディーガードが立ちはだかっている。
「おう、兄ちゃん。こんな時間にスラムから出てくるたぁ尋常じゃねぇな」
「……!?」
うお、認識された!この街に来ていきなり二人目かーーー
ーーーど、どうしよう。
『カナト、通行証があるのですから、それを見せればなんとかなるのでは?』
あ、あ、そ、そうか……。
「これ……、通行証です。ここに泊まりたいんだけど……」
「ん?おお、通行証持ってるじゃねぇか。ならギャングじゃねぇんだな?」
大男は僕から通行証を引ったくると、裏表を良く見てからそう言った。
「ふむ、偽物でも盗品でもなさそうだな」
ええ?身分証にはならなくても、そういうことは分かる仕組みなんだ?
『素晴らしい技術です。さすがは商業都市ゴンゾーラというところですね。おそらく冒険者ギルドか魔術師ギルドが絡んでいるのでしょう』
じゃあ、そのまま身分証にすればいいのにとは思ったが、さすがにそこまでの仕組みを維持できるほど文明は発達していないということなのかな。
『どうでしょう、コストの問題かもしれませんよ。ギルドへの登録と通行証の発行では人数が違いすぎますから』
まあ、どちらにせよ僕にとっては好都合ってわけだ。それよりこの人も僕を端から認識できたのは何故なんだ?
『今のところ共通するキーワードは何かを守っている、ということですかね?』
いや、番兵には認識されていないから、それもおかしい。彼らは間違いなく街に不審者が入り込まないよう守っている人達だ。
『そうでした。それならまだ他に条件があるのかもしれませんね』
いくつか重複した条件をクリアした人物なのか、それともーーー
「おい、どうしたんだ、入らないのかい?」
おっと、いけない。この調子では僕が不審者になってしまう。
「あ、入ります、入ります。部屋って空いてますかね?」
「ああ、それなら女将さんに聞いてくれ」
そう言って大男は宿屋の扉を開け、中へ通してくれた。
「おーーい、女将さん!この兄ちゃんが今夜泊まりたいんだと、部屋は開いてんのかい?」
すると恰幅のよい女性がドタドタと歩きながら、厨房の奥から現れた。この大男同様、いかにもスラムに面した宿屋らしい、剛胆な雰囲気の女将さんだった。
「あら、こんな遅くにかい?ギャリー、ちゃんと確認はしたんだろうね?」
「当然、だが見ろよーーーどう見てもギャングって面じゃあねぇだろう?」
さて、この女将さんはどうだろうか?僕から話しかけていないから、まだ認識していないはずだがーーー
「あらまぁ、本当だ…、こんなお坊っちゃんがこんなところで何してんだい?」
ーーー!?また?ここはみんな僕を認識出来るのかな。
『まだ分かりませんよ。この大男が紹介したことで認識された可能性も否定はできません』
うーーん、でも村の時はこちらから話かけない限りほとんど認識されなかったがなぁ。
「あ、あの部屋って空きあります?」
「ああ、そりゃああるさ!ここは場所柄そんなに人が多く集まる宿屋じゃないからね」
女将さんはニッコリと笑って壁にズラリと掛けられた鍵を指差した。
コナの言葉を信じるなら、ここは良い宿屋らしい。少なくとも、用心棒も女将さんも客への対応は実に誠実だ。
こんな場所だからこそ、信用を失わないよう心掛けているのかもしれない。
「一泊お願いできますか?」
「もちろんさ。前払いで銅貨二枚だよ」
僕はコナから預かった麻袋の中から料金を支払い、女将さんは壁の鍵を一つ外して僕へ差し出した。
「二階の突き当たりだよ。湯はもう終わっちまったけど、水なら好きに使っておくれ」
「ありがとうございます」
「兄ちゃん、こんな時間に腹も減ってるだろ? 残り物で良けりゃ少し出せるよ」
うわ、やった!そういえば今日はまだ何も食べてないんだ。色々ありすぎて忘れていたが、女将さんの言葉で思い出し急にお腹がなってしまった。
「ほら、遠慮するんじゃないよ。食事は後で部屋に持って行かせるから、困ったことがあったら声を掛けな」
僕は女将さんに礼を言うと、軋む階段を上がっていった。
これでやっと休めるな。
ーーー明日はいよいよギャング討伐作戦。
ラムダは大丈夫というが、充電も心配だしコナたちがギルドと上手く話せるのか、不安要素が沢山ある。
うん、ーーー考えるのは明日でいい、今はようやく手に入れた食事とベッドを満喫しよう。




