白蝕病の正体
「さっそくなんだけど、僕にはあまり時間が無いんだ。だからすぐにでもノアールの病気を何とかしてみようと思うんだけど、いいかな?」
お互いに自己紹介を済ませ、日が落ちさらに薄暗くなった一室で僕はコナ達にそう告げた。
本当なら今日は休みたかった。だが充電を考えれば、一刻も早く動くしかない
「ホントに変な奴らな。時間がないとはどういうことら?」
その辺りの事情は説明するのも面倒だ。コナはともかく子供たちは僕のことなどすぐに忘れてしまうだろうし、ラムダのことはまだ秘密にしておきたいものな。
「うーーん、僕も何故妖精である君がスラムで子供達の面倒をみてるのかは詮索しない。だからあまり深くは聞かないでもらえると助かるかな」
「……そうらな。分かった、じゃあノアールのことはカナトに任ちるら」
「そしたら僕はノアールを診てくるから、君達はここで待っていて」
そう言って僕は隣の部屋へと足を運んだ。僕のことを完全に信用したわけではないだろうが、ここは勢いで行ってしまわないとな。
『それで良いのです。交渉は成立したのですから、ここで足止めをされても時間の無駄になります』
コナたちは顔を見合わせるだけで、僕を止めようとはしなかった。心の中ではおまえ一人で行くのかという疑問符が巡っているだろうが、僕はスキルを使うところはまだ見られたくないのだ。
いずれは誰かにバレる時が来るだろうが、切り札はできる限り隠しておきたい。
「しかし、不思議な病気だな」
ベッドに横たわるノアールを見て僕は思った。白蝕病といったか、まるで聞いたことのない病名だ。
『カナトの世界にも似たような病気はあります。白斑というのは聞いたことがあるのではないですか?』
うーーん、あるような、ないような。
『まあ、もっとも発症の原因は全く異なると思いますが。とにかく解析してみましょう』
《解析》かーーー、はたしてこの問題が解決して妖精の涙を手に入れるまで充電がもつのかな。
『それは大丈夫です。まだ40%ありますし、途中で多少回復できる見込みがありますから』
あ、そうなの?
『そうでなければこの問題に関わっていません。コナには申し訳ないですが、今充電が無くなればカナトは死んでしまうのですから』
確かにそうだーーー
魔石も鉱石も尽きれば、ラムダは僕の生命力を電力へ変換する。つまり充電切れは、そのまま僕の死だ。
「よし、とにかく《解析》だな。なんとかスキルで治せる病気だったらいいんだけど」
『それでは《解析》を実行しますーーー』
あれ?今回は音楽は無しか?まあ充電がもったいないからいいんだけど、少し楽しみにしていたのなぁ。
『解析が完了しました、カナト、これはーーー病気ではありません』
え?じゃあ一体何だっていうんだ?
『呪いの一種です。ワタクシも病気かと思っていましたが、これには驚きました。しかし神聖魔法でしか治らないという噂が流れたのも、これなら納得がいきます』
なるほど、病気ではないから医者に治すことが出来ずにそんな噂が流れたわけか。
「でも一種というのは?」
『それは、直接ノアールにかけられた呪いではない、という意味です』
つまり、どういうこと?
『ノアールの父親が白蝕病で死んでいるとコナが言っていましたね』
あ、そういうこと?つまりノアールの父親が呪いをかけられて、今その父親が死んで呪いが娘のノアールに移ったってこと?
『そうです。呪いというのはやっかいで、解呪しない限りなくなることはありません。呪い返しで術者に戻ることもありますが、多くの呪術師は身内へ受け継がれるよう術式を組みます』
うわー、ホントにやっかいだな。
『しかしワタクシたちにとってはラッキーでしたよ』
おお!?ということは病気を治すスキルはなかったが、呪いを解くスキルはあるということだな?
『《解呪》は神聖魔法にもありますが、ワタクシの《解析》と似たようなものですからね。少し充電が心配ですが、なんとかやってみましょう』
「うん、もうさすがに後には引けないよな、ラムダ解呪しちゃって」
『承認しました、《解呪》を実行します』
『対象を解析』
『呪術式を検出』
『侵食率三二・四%』
『術式の逆算を開始』
『解呪シーケンスを構築』
カナトが思わず息をのむ。
「……なんか手術みたいだな」
『術式固定、エネルギー供給開始』
ノアールの白く変色した皮膚に、淡い光が走る。すると、白い斑点の奥から黒い糸のようなものが浮かび上がり、ゆっくりとほどけるように消えていく。
『呪術式崩壊を確認、解呪率25%……50%……80%、100%ーーー《解呪》完了、ノアールの救出に成功しました』
上手くいったの!?凄いな、ラムダは。もうこれ冒険者なんかしなくても他の方法でお金稼げそうだけどな…。
『エネルギー残量28%です。さあ、ここからが正念場ですよ』
ラムダは僕を無視してそう言った。まあ呪いを解いたり他のことでお金稼いでも、永遠にラムダの目的は分からないだろうからな。
情報の入りやすい冒険者になるのはどうしても外せないか。
それにしても解呪で大分充電食われたな。ホントに最後まで持つんだろうか。
『先ほどもいいましたが、あてはあります。今日はコナ達にノアールの事を報告して休みましょう』
「あ、それでノアールは大丈夫なの?」
『呪いが解けましたのでもう心配ないでしょう。しばらくすれば目を覚ますはずです』
その言葉に僕はホッと胸を撫で下ろして部屋を出ようとした。するとーーーその直前、ノアールの腕に残っていた最後の白い痣が、サラサラと砂のように消える。
「……消えた。」
『呪術式の完全消滅を確認しました』
部屋を出ると、壁際で待っていたコナが弾かれたように立ち上がった。
「カナト!どうだったら!?ノアールは……!?」
子供たちも不安そうな表情で一斉にこちらを見る。僕は静かに扉を閉めると、一度だけ息を吐いた。
「……まず、ひとつ分かったことがある」
「な、何ら?」
「ノアールは病気じゃなかった」
コナの耳がぴくりと震える。
「どういう……ことら?」
「君たちが白蝕病と呼んでいるもの。その正体は病気じゃなかったーーー呪いだったんだよ」
「…………えっ!?」
コナは言葉を失った。
「じゃあノアールの父ちゃんも……呪いで死んだっていうのか……?」
震える声で絞り出すように尋ねる。
「たぶん、そうだね」
その一言でコナの表情が絶望に染まる。
「じゃあ、ノアールも……」
僕は首を横に振った。
「いや」
コナが顔を上げる。
「もう解呪したよ」
「…………え?」
「呪いは解けた。だからノアールは助かる」
しばらく、誰も口を開かなかった。コナはただ僕を見つめたまま、信じられないというように目を瞬かせる。
「……ほ、本当らか?」
「うん。まだ眠ってるけど、もう命に別状はないはずだよ」
次の瞬間、コナは勢いよく僕の横をすり抜け、ノアールの眠る部屋へ駆け込んでいった。




