交渉開始
「おまえに見せたいものがあるら」
コナはそう言うと、入口とは別の扉へと向かった。
「今は誰が見てるら?」
「ドノバンが……」
コナは扉を軽く叩いてーーー
「ドノバン、アタチだ。入っていいら?」
「コナ?戻ったんだ!妖精の涙を取り戻したの?」
「すまん、まだなんらが希望を連れてちた」
「き、希望?」
「ああ、だからそいつに見せちやりたいんら」
な、なんだろう、一気に重苦しい雰囲気に変わったな。
コナに案内された部屋には灯りがともされ、中央にはボロボロのベッドが置かれていた。そして、その中心には一人の少女が横たわっているのが見えた。
「し、白い……」
その少女を見た僕の最初の感想はそれだった。透き通るような白さではない。まるで絵の具で塗られたかのようなはっきりとした白さ。
肌の色を残している部分もあるが、見えているほとんどは白く変色していた。
「この子はノアールというら。見てのとおり白蝕病に侵されちる」
白蝕病?
『この世界にある不治の病の一つです。一般的には上位の神聖魔法以外での治療法がないとされています』
「アタチはこの子が生まれたときから面倒を見ちるらが、父親が白蝕病で死んでるからいつかノアールも発症ちると思って妖精の涙を作ってたんら」
ん?神聖魔法以外は治せないんじゃないの?
『たしか特別製といっていましたね。詳しく話を聞いてみましょう』
「その病気は妖精の涙で治せるのかい?」
「商人ギルドに売られた特別製なら必ず治るはずら。この時の為にアタチが十年以上かけて作ったすごいやつなんらろ」
じゅ、十年以上だって?
それじゃあ一体コナは何歳なんだ?
『この世界には子供のように見える種族は少なくありませんよ。コナは妖精の涙を作れるのですからドワーフ、もしくはノームなのかもしれません』
冷静にそうのたまうラムダ。いやまあ、そうかもしれんが、僕は初めて亜人種というものを見るんだからさ…。
「……そうか、ならその妖精の涙があればノアールは助かるんだね?」
僕は気を取り直してコナにそう尋ねた。
「そうら……だけどアタチは面が割れちるし、子供たちに盗みをさせるわけにはいかないち……」
おいおい、僕には盗んで来いと?ーーーってまあ仕方ないか。彼らも追い詰められた上でのことだし、そこにちょうど僕の弱みを握れたわけだからな。
「どうら?おまえ、ギルドから妖精の涙を取って来ちくれるらか?」
「うーん、そうだな……」
ーーー正直割に合わない。
通行料を払わずに入ってきたことは黙っていてほしいが、商人ギルドに盗みに入るのはリスクがさすがに高すぎる。
何か他に良い方法がないものかな。
『方法なら幾つか思い当たりますが……』
え、そうなの?うーーん、ならちょっと相談してみるか。
「よし、それじゃあここはひとつ交渉といこうかーーー」
とはいえ僕は交渉などできる自信はない。 数日前までリーマンをしていたわけだが、そこで得られたものは何一つないからだ。
というか何かを得られる前にここに来てしまったんだもの。
普通なら現代の知識や経験を応用して、この異世界でうまくやりくりするのだろうが、そもそも社会人三年足らずでそんな経験を積めるわけもなかった。
そんなわけでーーー
『……分かっています。交渉はワタクシの言う通りに運んでください』
呆れた声なのが機械的な筈のラムダから伝わってくる。
も、もちろん僕だって何も考えてないわけではない。
ラムダに任せる方が最適解を導きだしてくれるのだから、わざわざ危険を冒す必要がないだけだ。
「どういうつもりら?おまえ、通行料払っちないのら。交渉の余地があるらか?」
「まあ、そう言わないで。はっきり言うけど、商人ギルドに盗みに入るのはリスクが高すぎるよ。たとえ妖精の涙が元々君のものだったとしてもね」
だから、もし僕を脅して盗みをさせるつもりなら、この街を出るだけだとコナに伝えた。これはもちろん、ラムダからの提案をそのままなぞってるだけだ。
「だって僕には特性があって、番兵にはもう認識されないと分かっているんだから」
「……むぅ」
コナは顔をしかめた。通行料を払わずにこの街に来たのを知っていることが、たいした交渉材料にならないことを悟ったようだ。
ここで僕は畳み掛ける。
「それなら別の方法でノアールを治すというのはどうかな?」
「別の方法?」
「ああ、ただしその方法は教えられない。だって、僕は逃げようと思えばいつでも逃げられるからね。それでももし僕を信用してもらえるなら、通行料の他にもう一つ条件を付けたいんだ」
スラムの子供たちのアジト内が一気にざわつく。そりゃそうだ、これだけ押しの強い交渉を持ちかけたんだから。
「そ、そんなのどうやって信用するのさ!?」
と、ドノバンが口火を切ると、アジト内の子供たちが一斉に騒ぎ立てる。
「ま、待つら!ーーーもう一つ条件ちいうんは何ら?」
コナはそれでも冷静だ。さすがに見かけ通りの年ではないのだろう、それなりの修羅場はくぐってきたようだ。
「僕はギルドに売られた妖精の涙もあきらめたわけじゃない。それも取り返すつもりではいるんだ。ただしーーー」
僕はラムダの指示に耳を傾ける。
「ただちーーー?」
「それを僕に譲って欲しいのさ。ノアールの病気が治っているなら、必要ないはずだからね」
ってラムダさん?それは良くないんじゃないか?コナはその妖精の涙を十年かけて作ったんだぞ。
『こちらも命懸けになる可能性があるのですよ?そのくらいは当然の報酬かと』
うーーん、まあそう言われれば確かになあ。
「ノアールが治せるち言うんはホントなんらろうら?」
『大丈夫、いけます。その代わり妖精の涙はワタクシたちには絶対に不可欠になります』
なるほど、かなりエネルギーを消費するつもりだな。あの精霊石でやっと一回フル充電だもんなあ。やっぱり妖精の涙は必要か。
でも待てよ?妖精の涙を取り戻せる算段ならノアールの病気をそれで直せばいいんじゃないか?
『はあ、カナト……それで妖精の涙を取り戻す為に消費するエネルギーはどうやって回復するというのですか?』
なーるほど。ま、まあコナには悪いが、ここはラムダの言うことに従うとしよう。
「大丈夫、必ず治す。だから通行料と妖精の涙、この二つを約束してもらえるかな?」
「うーー、そうらな。それならこっちも条件を出すら」
ーーーそうだろうね。
「まずはノアールを治すのが先ら。完璧に治ったのを見届けちら、通行料も渡すち妖精の涙も好ちにしていいら」
これはもう至極真っ当、当たり前の要求なのだが、はたしてその順でラムダの充電が持つのかということなんだよな。
『そこは賭けになりますが、勝算はあります。取引成立といきましょう』
「なら決まりだ。ノアールを治す、そして通行料と妖精の涙を僕は受け取る、いいね?」
「おまえたちもいいらな?」
コナが子供たちに確認する。
「で、でもまた誰かがノアールみたいな病気になったらどうするの?」
あーー、そういうこともあるなぁ。スラムの中は不衛生そうだし、食事もままならないかもしれないもの。
『それに関しては恐らく大丈夫です』
へぁ?そんなことは保証できないだろ……。 不治の病を治せるレベルの妖精の涙はそれを造るのに十年以上かかったんだぞ。
『この案件がすべてうまく片付けば、自ずと解決する筈です』
ど、どういうことよ?
『さあ、ここからいよいよ大詰めですよ』
ほ、ホントにどういうことなんだってーの!?




