妖精の涙
僕がコナへとついていった先では、スラムの子供達が不安げな眼差しでこちらを見つめていた。
皆統一性の無いボロを纏っているが、コナだけは不思議とみすぼらしさを感じない。同じようなボロ布やつぎはぎの衣服に見えるのに、長年この姿なのかという程に着こなしている。
「おい!おまえ達、アタチが面白い奴を連れてちてやったろ!」
満面の笑みでコナが僕の腰をバンバンと叩く。
すると、その瞬間初めて認識できたのか、子供たちはビクッと肩を震わせ目を真ん丸に見開いて僕を見た。
「ほうほう、おまえ達にもコイツが見えちなかったんか。これは大当たりを引いたっち!」
よくよく聞いていると、コナの話し方は子供っぽいというより変わっているという方が合っている感じだ。
やはり、見た目の雰囲気に騙されない方がいいのかもしれない。
『しかし敵性反応はありません、しばらく様子を見てください』
敵性反応なし、か。しかし大当たりを引いたってのは何のことだ?僕を何かに利用するつもりだろうか?
「コナ、この人は誰なの?」
「おお、コイツは普通の人間には姿が見えない変な奴なのら。アタチには見えちるが、番兵のおっちゃん、おまえ達には見えちらんのら」
ざ、雑な説明だな。
「で、でも今は見えているよ?」
「確かにそうらな。おい、おまえ!どういうことか説明ちろ!」
え、説明?ど、ど、ど、どうしよう……
『カナト、冷静にーーー特定の条件があること、それが何かは分からないとだけ伝えてください』
「あ、あのさ…僕が見えない人には何か条件みたいなものがあるんだよ」
「条件?どんな条件ら?」
「それが分からないんだ。だから君たちの力になれるかどうか……」
コナはしばらくうーんと唸ると、鋭い質問を投げ掛けてきた。
「おまえを認識でちる奴、でちない奴、どっちが多いんら?」
「うーん、今のところ見えない人の方が多いかな?でもそんなに多くの人には会ってないから、実際どのくらいの比率になるかは分からないけどーーー」
「おまえはこの街に何ちに来たんら?」
「何しに...か。一応お金を稼ぎに来たというのが一番の目的なんだけど、ちょっと説明するのは難しいことなんだ」
「通行料も払わずに入ってちて、どうやって稼ぐつもりら?」
コナは僕をじっとりと眺めた後、怪訝そうにそう言った。
「そ、それは……」
「よーち、どうやら困っているのはお互い様のようらな」
ん?お互い様?まあスラムだから、何かしらの問題は常に抱えているのかもしれない。どうやらコナは僕の弱みにつけこもうという訳ではないようだ。
「そうらなーーおまえ、詳しい話を聞くつもりはあるら?」
どうしよう?
僕達は出来るだけ早くお金が欲しいんだが、確かに通行料も払わずに入ってきた街で、そのまま冒険者ギルドにいくのは不味いのかもしれない。
万一捕まりでもしたら、牢獄で充電切れなんてことにもなりかねない。
『まあ、さすがにその前にスキルで何とかしますが、厄介事が増える可能性は高いのかもしれません。今はコナの話を聞いてみるのもいいでしょう』
「おまえ、何をコソコソ話しちるんら?誰か他にも見えない奴がいるんか?」
「あ、いやごめん、誰もいないよ。それより話を聞くから、僕の方にも君たち力を貸してほしいんだけど」
「いいぞ!決まりだ。それじゃ皆、アジトにコイツを連れていくら」
「ええ?ホントに大丈夫なの?」
「悪い奴じゃない?」
コナの言葉に周りの子供たちがざわつく。
「アタチが大丈夫と言ったら大丈夫なんら!」
そうコナが一喝すると、子供たちは大人しく引き下がった。
まだあからさまに不安そうではあったが、コナのことを信用しているのかもう反対意見をいう子はいない。
まあ異世界なんて変な奴がいるのは珍しくもないだろうし、コナにしたって大分おかしな奴だからな。なにせ子供なのかも分からないが、男か女かもはっきりしないのだ。
なんにせよ敵性反応はないというし、詳しい話はそのアジトとやらで聞けるだろう。
もしこの子達に騙されていてアジトに大人のヤバい連中がいたとしてもまだ充電が切れるほどではないし、スキルで逃げるくらいは問題ないはずだ。
『その判断はワタクシの方に任せて下さい。敵性反応を確認次第、最適なスキルを使用してそのアジトから離脱します』
よし、ラムダの太鼓判も得たし行くとするか。こういう手合いは意外と色々なコネを持っていたり、妙な繋がりがあったりするものだからね。
「よち、ここら」
コナが僕を含め子供たち皆を連れてきたのは簡素な木造の平屋で、三つ扉がある中の真ん中の扉を開けるとズカズカと中に入っていく。
中は壊れかけのテーブルに、ボロボロの椅子が数脚あるだけの質素を通り越した、まさにスラム街の棲みかだった。
日も暮れて辺りはさらに薄暗さを増したが、灯りはなく周りがほとんど見えない。
「ラムダ、どう?」
僕は小声で囁く。
『カナト、あなたは癖で声に出してしまうのでしょうが、頭の中で思うだけでも伝わるのですよ?』
え?そうなの?初耳なんだが…そんな大事な情報は先に共有しといて欲しいんだが。
『失礼しました……すでにこれまで幾度となくカナトの思考に対して返答していましたので、分かっているものかとーーー』
そ、そうね。確かにそうだった気がしなくもない。
「よーち、これからおまえと取引する。そっちは何がちて欲しいんら?」
ええ?こんな真っ暗な中で?なんか落ち着かないなあ。
それに質問が雑じゃないか?よくこんなので今までやってこられたものだ。
『実際、ここではそれが良いのかもしれませんよ』
そう言われると確かにこの方が裏がなさそうだし、分かりやすくシンプルでいいのかもしれない。
どうしよう?
何をして欲しいとかあるかな?
『やはり冒険者ギルドへの登録が最優先事項だと考えます。依頼をこなしておけば当面の生活には困らないでしょうし、充電用の魔石や鉱石も手に入りやすいですから』
そこは予定通りということか。しかしスラムの人間がギルドと繋がりがあるかというといささか疑問ではあるけどーーー
「そ、そうだね、僕は冒険者ギルドに登録したいんだけど…」
「……通行料も払わずに?冒険者ギルドは通行証がないとそもそもギルドカードすら発行ちてくれないらろ」
……そ、そりゃそうだよな。異世界だからってそこらへんは適当にいけるかと思っていたが、意外と現実的なんだなこの世界も。
「ふん、まあいい。通行料ぐらいは稼がせてやるら。おまえがこっちの用件を聞いちくれるんならな」
「……なにをして欲しいんだい?」
「おまえは誰にも見られないかもちれないからな。取って来て欲ちい物があるら」
……おいおい、僕は誰にも絶対見られないという訳じゃないんだぞ。それなのに盗みをさせようっていうのか?ちょっと通行料とじゃ割に合わない気がするんだが。
『物によります。もしかしたら金品ではなく、薬や回復系の何かかもしれませんよ』
なるほど、そこはスラムの事情があるかもしれないな。
「何を取ってきて欲しいのかな?」
「……この街の商人ギルドにある"妖精の涙"というものら」
妖精の涙?
宝石か何かかな…やはりコナは僕に盗みをさせるつもりなのか?
『妖精の涙は希少鉱石で、回復や解呪、解毒に一定の効果があります』
「それを僕の特性を使って盗んで来て欲しいのかい?」
「そ、そうらけど……あれは……」
「……あれは?」
「……あれは元々アタチが作ったものなんら!」
つ、作った?コナが?
「そうだよ、お兄さん!コナは悪くない!あれで皆を助けてくれていたんだから!」
物陰にいた子供たちから声があがる。
「商人ギルドにある妖精の涙は特別製ら。ちょっとした怪我とか風邪くらいならアタチが何とか出来るんらが……」
そうじゃない事情がある、か。
どうやらただの盗みというわけではないようだ。
そしてコナがそこまでして取り戻したい理由 ーーーその答えは、この薄暗いアジトの奥にあった。




