ベアウルフ討伐作戦、開始
僕はリオを説得すると、その足で礼拝堂から外へと向かった。応接室から正面扉に着く間に、村長に頼まれリオを迎えに出たモズという男とすれ違った。
「おい、君!?そんなところで何をしている!避難所は地下の大広間だぞ」
マズい、気付かれたか。今後誰かと関り合いになると、これがいちいち面倒になるなぁ。
それは僕を中途半端に認識した人間ーーーこれがおそらく今後一番厄介になるだろう。
多分彼はリオと違う理由で僕を認識しているはずだ。それはある程度の時間、彼と関わりを持ったから。宿屋の女将は次の日には僕が視界に入らないほど認識できなくなっていたが、彼とはついさっき会ったばかり。
この時間経過の中で彼はどの程度僕を覚えているのか。
「あ、えーっと……モズ…さんですよね?ほら、僕ですよ、カナトです。今、村長と話をしてきたんですよ」
「…………」
モズはしばし考え込むと、僕を上から下まで見渡した。
「あ、ああ!そ、そうだな、カナトどのではないか。……な、なぜ私は忘れていたんだ?」
彼は不思議そうに僕を見てそう言った。
「それが、僕にもよく分からないんです。影が薄いんですかね、多分」
「う、うーむ。そんなことはないだろう。むしろこの村では一度見たら忘れないと思うがなぁ」
モズは再び僕の格好をまじまじと見つめてそう言った。
そ、そうだろうね。あの村長が少年時代に聞いただけの話を今も覚えているくらいだから、この世界ですーつーはとても珍しいだろう。
「まあ、ともかく村長と話をしてきたので、僕は外に出てきます」
「そうか、やってくれるか!?ならば君は本当に異世界人だったんだな?」
モズも村長から話を聞いているようだ。それならば話は早い。
「ま、まあそうなんですよ。なのでベアウルフのことは任せて下さい」
「うーむ、村長の話は本当だったんだな。確か、すーつー……」
「あ、スーツ、です。その昔この村に来た異世界人の方も着ていたんですよね?」
まあ、異世界人だからというより、たまたまサラリーマンが仕事中に転移したからだとは思うのだが。
「ああ、スーツというのか。しかしそんな装備でベアウルフを相手にするとは……、精霊に会ったという彼の異世界人も然り、大したものなのだな」
いやーー、僕の場合は大丈夫かどうか分からないんだけど……。
「とにかく行ってみますよ、じゃあリオ達のこと頼みます」
「ああ、任せておけ」
生き残る確率を少しでも上げるためにも本当は何か装備が欲しかったのだが、話がややこしくなるのだけは避けたい。
僕はここでモズとの会話を終わらせて正面扉へと向かった。
外へ出ると中から扉が施錠される音が聞こえた。
ーーーなんとなく寂しさを感じるな。
しかし気を取り直して僕は周りを見渡し、異常がないかを確認する。
「ラムダ、北はどっち?」
『左手方向ですね。昨日抜けてきた森とは反対側ですが、そこにはさらに大きな森があるようです』
なるほど、はたしてそこに精霊とやらもいるのだろうか?それとも本当に加護が完全に失われてしまったのか…。
『その件はひとまず後にしましょう、カナト。それよりも、ベアウルフをどうするつもりなのですか?』
そこなんだよなあ。倒すしかないのか、それとも追い払うか。そもそもそれが今のエネルギー残量で可能なのか。慌ただしく出てきてしまったせいで、情報があまりにも少なすぎるのだ。
「ラムダ、正直なところどう思う?」
『あなたの無謀さには若干呆れてはいますが、今回は仕方なかった部分が多いのも事実です。そして、ベアウルフを倒して魔石を手に出来れば、大きく状況が変わるのも認めざるを得ません』
そう、やっぱり倒す一択なんだよな。どちらにしてもラムダのスキルを使うしかない以上は、それを補填できるものを確保するのが絶対条件なのだから。
「それで、スキルなんだけどさ……」
『前回ステータスを確認した際に、その内容は全て把握しました。まずは生き残る事を最優先に設定し、最善の策を導く解析スキルの使用を推奨します』
解析スキルか…、よく聞くけど実際何をするのかあまり分からないんだよな。
まあラムダがそう言うなら任せるしかないのだけど、僕は生身で戦える力が全くないわけだしその解析結果に対応できるのかな?
『当然、それを含めて解析します。このスキルの良いところは解析系のスキルを複数同時に発動し、カナトが求める必要な情報を多角的に収集出来ることです』
「つまり?」
『つまりはサーチ、演算、分析、思考加速等が同時発動し、地形や気候、敵の情報などあらゆる情報を収集し、現状対応すべき行動を導き出すということです』
「それってその分エネルギー残量に負担がかかるんじゃないの?」
『それぞれのスキルを別々に全て発動するよりははるかにコストは軽減します』
ほう、それは凄い。しかし、だったら解析スキル以外は必要ないんじゃないかとも思ってしまうな。
『そんなことはありません。それぞれのスキル単体ならば解析よりコストは大分低いですし、状況によって使い分けるのが良いのでしょう』
なるほどーー今はあまりにも情報が少ないから、個別に使いながら行動するよりも一旦解析スキルで全体を網羅しておくというわけか。
『はい、そういうイメージで良いと思います』
「それで、今回解析スキルを使うとどのくらい充電が減るかな?」
『これに関しては使用してみないことには分からないのですが、その後の戦闘で勝利、もしくはそれに見合う結果を得るのに必要なエネルギー残量も解析に含まれるのでおそらく大丈夫でしょう。ただしーー』
ーーー現状の残量では解析が完全に終了する前に打ち切られる可能性もあるでしょう、とラムダは言った。
うーーん、この充電問題さえなければ、中身の優秀さはさすがのレア度SSSというところなのだけど……。
「分かったよ。それじゃ始めて、ラムダ」
『承認しました、スキル《解析》を実行します』
おお、初めて自分の意思でスキルを使ったぞ!
さあ、一体どうなるんだ、と僕は期待に胸を膨らませた。
すると、耳に装着したイヤホンーーーつまりラムダからなのだが、どこかで聞いたことのあるような聞き馴染みのある音楽が流れてきた。
「な、なんだ?なんの音楽だ?」
ちょっと癒されるような、気分が落ち着くようなこの音楽がしばらく続くとーー
ただいま解析中です、しばらくお待ちくださいーー、とラムダではない更に機械的な音声がこう告げた。
「……え、なにこれ?ホントに大丈夫なの?」
『………………』
しばらく音楽だけが頭の中に響き、僕とラムダの間には何とも言えない気まずい沈黙が流れた。
『解析が完了しました、残りエネルギー残量18%です』
と、またもラムダではない機械的な声が解析の終了を知らせてきた。
「残り18%?ちょ、ちょっとラムダ?なんなのこれ?本当にちゃんとスキルを使ったの!?」
『もちろんです、どうですか?カナトが初戦闘で緊張しないようにとのワタクシの演出、お気に召さなかったですか?』
あ、そういうことか。ラムダなりに僕を気遣ってくれたわけだ。
「ハハ、ありがとう、ラムダ。そうだね、確かに緊張は解れたみたい、だけどその分余計な不安が大きくなったよ」
僕は乾いた笑いを浮かべながらラムダを皮肉った。
『そうでしたか、それは残念です。今度はもっとうまい演出を考えます』
「じょ、冗談だよ、ラムダ。これからは普通でいいって!それより結果は?」
『………解析結果、ベアウルフ討伐成功確率65%。作戦を実行しますか?』
65%!?
ちょっと心もとない数字だな…。解析スキルを使って残りエネルギー残量も18%。
「それが今のエネルギー残量だと最善の作戦ってことだよね?」
『その通りです』
「分かった、内容を聞かせて」
ラムダが説明を始めた。
ベアウルフはここから北、600メートル先の村と森の境界にいるらしい。
その数は1体。
『周囲にそれ以外の敵性反応はありません。単独個体とみて間違いないでしょう』
ベアウルフと聞いて狼を連想していたから、群れかと思ったがそれは朗報だ。
『ワタクシもそこには多少違和感を感じますが、現状他の反応は見られません』
「それで、どうやって倒すの?」
『もっとも単純な方法は自動戦闘モードなのですが、それはカナトのフィジカルと現状の装備、残りのエネルギー残量を考慮すると非推奨という解析結果です』
……まあそうだろうね。
「じゃあどうするのさ?」
『そこでカナトの特性を利用し、ベアウルフに接近します』
「特性?」
『はい、カナトは関わりの無いものには認識しづらいという、戦闘には非常に有利な特性があります。ベアウルフにも通用するかは未知ではありますが、背後か側面から少しずつ近づきましょう』
あーー、なるほど、討伐確率65%。僕のその特性が通用するかの確率だな、これは。
『概ねその通りです。ある程度近づけるのか、全く通用しないのかでその後の行動に大きく影響します』
「じゃあその後の動きは僕の特性次第ってことになるね」
『そうですね、パターンはーーー』
とラムダにその後の作戦の概要を聞き、僕は作戦実行のためにベアウルフの元に向かった。
『カナト、その前にどこかでナイフを借りていきますよ。ベアウルフを倒したら魔石を回収しなくてはならないのですから』
えーー、魔石って直接回収するの?
『もしかしてカナトはベアウルフを倒したら消えてなくなり、そこから魔石が現れると思っていたのですか?』
……はい、思ってました。
『……フッ』
おい、今鼻で笑っただろ?ていうかイヤホンに鼻なんかないだろうに。僕は恥ずかしさを紛らわすように、北の森がある方へズカズカと早足で向かった。
もちろん、村の適当なお店からナイフを借りるのも忘れてはいない。
僕はしばらく無言のまま歩き、村の外れにある森の手前にまでやってきた。
「ラムダ」
『はい、解析結果からベアウルフの現在地を算出、柵の向こうに見える森の入り口よりやや左方向』
い、いた!確かに狼のような奴が悠然と寝そべっている。
「寝てるのかな?」
『ここからでは判別不可能です。しかし森の中には小動物など、彼らの食料となる生命が多数棲息しています』
それを狩って食べたのか?村に来ないのは腹が満たされているからなのだろうか。
「放っておけばどこかにいっちゃうんじゃないの?」
『その可能性もあるでしょうが、村に来ないとも限りません』
だよね。見つけた以上、倒しておくのが今後の為だろう。
「じゃあ、作戦開始だ!」
僕はラムダに合図を送り、そろそろとベアウルフの背後に向かって歩き出した。
『承認しました、スキル《静寂》を実行します。使用範囲はカナトの周囲半径1メートル。エネルギー残量は12%』
まずは作戦の第一段階。それは静寂のスキルと僕の特性を利用し、ベアウルフにできる限り近づくこと。
今ベアウルフまではおよそ百メートルほど。できれば20、いや15メートルくらいまで近づきたい。
そこまで行けば使えるんだーー
ーースキル《鳴音》が。
ラムダは音に関するスキルの扱いが他のそれとは比較にならないほど優れている。
『いいですか、カナト。ワタクシの《鳴音》は効果範囲の調節が可能ですが、近ければ近いほど効果が高まります』
おそらく野性的な魔物は近づく相手の気配を感じとる。《静寂》だけで近づける距離は30メートルがせいぜいだろう。
そこで僕の特性ーーコスト0の認識阻害スキルのようなもので、さらにその距離を半分にする。
《鳴音》の効果範囲の最大は数百メートルにも及ぶらしい。だが、当然距離によってその効果は異なる。
『ベアウルフまで15メートルの場所で使用すれば、確実に相手の動きを封じることができるはずです』
ということらしい。
『ベアウルフまで残り50メートル』
僕は慎重に歩みを進める。音がなるのは《静寂》のおかげで気にしなくていい。だが、大気は揺れる。それに生命エネルギーの動きそのものや、気温、湿度の変化を感じとるかもしれないのだ。
できる限り息を潜め、そーっとベアウルフの方へ移動していく。
ーーー鼓動が早まる。
『ベアウルフまで残り30メートル』
あと15メートルで作戦の要となる地点だ。
ここまで来るとベアウルフの大きな体躯が身をもって感じられる。
やはり、ベアウルフは熊のように大きな狼だった。もしかしたら他にも熊の特徴を備えているのかもしれない。
あんなの、まともにやりあったら普通の人間ではどうしようもないぞ。
『ベアウルフまであと20メートル。まもなく《鳴音》の最大効果範囲に突入します』
よし、いける!
ーーーと思ったその時、僕とベアウルフの間で何かが動いた。
「ーーー!!?」
ガサリ、と草むらが揺れ僕は反射的に足を止める。ベアウルフの耳がぴくりと動いた。
ーーー心臓が嫌な音を立てる。
頼む、気付くなーーー。
作戦上《静寂》は僕の周囲半径1メートルにしか効果がない。範囲を広げれば《鳴音》を打ち消してしまうからだ。
トクン、トクンーーー
自分の心臓の鼓動は《静寂》の中でもうるさく響く。
ガバァ!
突如ベアウルフが勢い良く立ち上がる。
「……っ!!」
気付かれた!?
『まだです!カナト、動かないで下さい』
ラムダから警告が飛ぶ。
その時僕とベアウルフの間にいた何かが、その草むらから姿を現した。それはイタチのような小動物で、ベアウルフを見るや疾風のごとき速さで森の中に逃げ込もうとした。
ーーーその刹那
ビュンッッ!!
ベアウルフは後肢に体重を掛けると、小動物めがけて一足で飛びかかった。
ガッッッ!
前肢が獲物を捉えた、と一瞬思ったがそれをすり抜け小動物は森の中へと消えていった。
「は、迅い!」
僕は思わず大きな声を上げてしまった。
はっ、として口を押さえたが、《静寂》のおかげで奴に気付かれることはなかった。
(な、なんだよ、あのスピード!?)
奴は小動物の消えた先を見つめ、耳をピクピクと動かしている。
獲物を追うか迷っているようだ。
「ラムダ、奴との距離は?」
『少し離れました。現在ベアウルフまで26メートル』
一足で6メートル!ホントに15メートルまで近づいて大丈夫なの!?
『まだベアウルフはカナトを認識すらしていません。大丈夫、作戦は継続できます』
ううぅぅーーん……
僕はラムダのその言葉に声にならないうめきをあげた。あの迅さを間近で見てしまうと、正直足がすくんでしまう。
『気持ちは分かりますが、せめて先ほどの距離、確実に気付かれていなかった20メートルまではお願いします』
もちろんラムダも僕の命を最優先に考えてくれているはずだ。やみくもに言っているわけではない。
「そ、そう…だよね。20メートルまでは間違いなく気付かれてなかったんだ。ラムダ、僕は大丈夫だからスキルの発動だけは確実に頼むよ?」
『承知しました』
僕は再びベアウルフの方に歩きだした。
あ、足が、震えるーー
ベアウルフの動きを見る前と今では、奴との距離を縮めることへの恐怖心が何倍も大きくなっているのだ。
『もう少し、もう少しです、カナト!』
一歩一歩、しっかりと大地を踏みしめながら歩みを進める。誤って転倒でもしたら、今のベアウルフにはたちどころに認識されてしまうだろう。
「ま、まだなの?」
一瞬の静寂、そしてーーー
『頑張りましたね、カナト!最大効果範囲ではありませんが、ここが限界でしょう。では、スキル《鳴音》を実行します』
ラムダがスキルの実行を宣言すると、耳元では何かが収束していくように感じられた。
次の瞬間ーーー
ギィィィーーーーーン!!!!!
僕には全く聞こえないのだが、どうやら間違いなくスキルが発動したようだ。
なぜならーー
突然ベアウルフが僕の目の前でビクンッと身体を波打たせ、耳からは血を流し、口元から泡を吹いてドウッと倒れ込んだからである。
「や、やった!」
その姿に僕は歓喜の声をあげた。すーーっと緊張の糸が解れていき、思わずベアウルフの方へ駆け寄ってしまった。
『カ、カナト!?作戦を忘れたのですか!』
そう、そうなのだ。恐怖から解放され緊張の糸が解れるどころか、完全に切れてしまったらしい。僕は作戦の最後の締めを完全に頭から飛ばしてしまった。
ーーあの時、ラムダはこう言った。
『カナト、パターンは二通りですが、作戦の第2段階への移行は出来る限り避けるべきです。カナトの特性がベアウルフに通用したならば、そこで確実に仕留めます』
作戦の第2段階とは、初っ端から《自動戦闘》スキルによるフルオートバトル。
ベアウルフを発見し、遠距離から気付かれてしまった場合は、僕の身体の負担は無視して《自動戦闘》を使用する。当然、死ぬよりはマシだからだ。
だが、僕の特性が通用した場合は、ベアウルフに《鳴音》の最大効果範囲まで近づき、弱体化させる。その上で、ほんのわずかな時間のみ《自動戦闘》を使用し止め、もしくはベアウルフが完全に戦闘不能になった時には《身体強化》のみ使用し、僕自身で止めを刺すという手もあった。
それで残る充電がーーー
『1%です、カナトにはすぐにベアウルフから魔石を回収して頂きます』
これが作戦の全容だった。悪くない作戦だ。というか、もうほとんど成功していた。
それを僕がバカみたいに喜んでベアウルフに駆け寄ったが為に、台無しにしたかもしれないのだ。
作戦をもう一度思い出す。
《鳴音》でベアウルフを弱体化ーー
それも最大効果範囲にいた場合で、だ。
僕は思わず駆け出した足に急ブレーキをかけたのだが、動きを止めるのがちょっと遅かったみたいだ。
なぜなら――
倒れていたベアウルフの怒り狂った目と僕の目が、間違いなく合ったからである。
僕は悟った、今、確実にベアウルフは僕を認識した、と。




