もう一人の異世界人
ベアウルフを倒してこの村を守る?
僕が固めた決意はそんな大層なものではなかった。
確かにリオには助けられた。でも昨日ここへ来て、宿屋の紹介をしてもらっただけなのだ。
彼女の行動と村人の反応は確かに気がかりだし、リオをなんとかしてあげたいと思ったのも事実である。だが、まだまだ命をかける程の関係性ではない。
それでも僕がベアウルフと戦う覚悟を決めたのは、当然だが僕自身の為だ。ラムダのステータスにたくさんのスキルがあるのが幸運なのか、なにか意図があるのかはハッキリしない。
でも、今の僕にはそれだけが唯一といっていい救いなのである。
そしてそのスキルを十分に活用するには、ラムダを充電するしかないのだ。
だったら好都合ーーーベアウルフを倒して魔石を手に入れてみせる。
そりゃあもちろんステータスのない僕にでも、この村のような場所であれば、ただの村人としてならその生涯を終えることは可能かもしれない。
ーーーでも、そんなことができるわけない。
正規のルートじゃないとはいっても、せっかく異世界に来たんだ。誰だってただの村人で終わってもいいなんて考えないんじゃないか?
そんなことを思いながら僕は宿屋の扉の前に立ち、ドアノブに手をかけた。
「ま、待ってカナト!あなた一人じゃ何もできないわ!相手はベアウルフなのよ?あなた、畑仕事だってろくに出来なかったじゃない!」
グッ…痛いとこを突く。
随分と辛辣なことを言われたが、確かにそれはリオの言う通りだった。
このまましれっと宿屋を出てしまいたかったが、さすがにそうもいかないか。
うーん、どうしよう…………。ラムダがいれば多分なんとかなるとは思うが、それを彼女にどう伝えたものか。
僕が思案していると、不意に別の声が割って入ってきた。
「待ちなさい、リオ。彼に任せてみるのじゃ」
「あれ?そ、村長さん?」
リオが不思議そうに彼を見つめる。
なるほど、彼がこの村の村長か。この村に来て初めて見る彼が、なぜ僕に任せる気になっているのか。
「カナトどの、といったかね?もしかして君は…………、異世界人なのではないかね?」
「!!?」
突然村長から衝撃的な言葉が発せられると、宿屋の中が一気にざわめいた。
『カナト、なぜそう思うのか村長に尋ねてみてください』
ラムダも驚いたようで、村長の言葉にすぐに反応した。
「あ、あの異世界人って、僕がですか?なぜそう思うのです?」
「今はあまり時間がないのであろう?ここはワシを信じてほしいのじゃがな」
そう言って村長は皆に落ち着くよう促した。
「彼が何者かはさておき、今はこの村の危機がそこまで迫っておる。今はワシの言う通りに動いてほしいんじゃがいいかの、皆のものよ」
さすがに小さな村とはいえ、その長を勤める者である。彼の話し言葉は温かく、それでいて従わなければと思わされる重みを感じた。
周囲の村人たちも大人しくなり、村長の次の言葉を固唾を飲んで見守っていた。
「リオ、ベアウルフはどこにおる?」
「あ、はい!村の北側の外れに…………」
「そうか、ならばまだ間に合うじゃろう。リオは皆と協力して村人全員に声をかけるのじゃ。すぐに礼拝堂に向かうように、とな」
礼拝堂?村人全員が収まるとなると、あの唯一見たコンクリートの建物かもしれないな。
そうか、あれは礼拝堂だったのか。でも一体何を祀っているのかーーー
『おそらく森の精霊でしょう』
ラムダが答える。
「それで、僕はどうするんですか?」
「君も一緒に礼拝堂に来るのじゃ。あそこはこういう時のために作られた場所でもあるのでな」
話はそこで、というわけか。仕方がない、今は従うしかないだろう。
「分かりました、でも大丈夫なんですか?」
そう言って僕はリオに目をやった。
「ここの村人の数はそう多くはないのでな。何人かつければベアウルフに気付かれる前に避難できるじゃろう」
「カナト、まかせて!それじゃすぐに行ってくるよ」
そう言うと、数人を引き連れリオはあっという間に宿屋を飛び出していった。
「それでは、我々も行こうかの」
村長はリオを見送ると、僕や残りの村人達を促して礼拝堂へと向かって歩きだした。
(やっぱり、この村の人達はリオに甘えすぎてないか?)
またもこの件でもやもやとしたが、今はどうすることも出来ない。僕はリオを信じて村長達と共に礼拝堂へと向かった。
数分後、僕たちは礼拝堂へとやってきた。
この道中、村人達からの奇異の視線が多少なりともあったのだが、さすがにここまで関わると僕を一瞬で認識できなくなるということはなかった。
それでも僕から離れた所にいる人は、しばらく接していないとどんどんと認識が薄れていくようでもあった。
そもそも僕を認識するための条件とは、一体何なのだろうか。どういう状況でも確実に僕を認識できているのは、今のところリオ一人だけのように感じる。
「モズよ、皆を地下の大広間に避難させるのじゃ。その後はリオ達が残りの村人達を連れてくるまで正面に待機してくれんかの?」
「わ、分かりました。それで、村長は?」
「ワシはこの御仁と話をしてこよう。さあカナトどの、参ろうかの?」
そう言われて通された部屋は、簡素な応接室というような所だった。僕が促されて座ると、村長はこう切り出した。
「この建物じゃが、カナトどのにはどう見えるかの?」
村長は僕の顔を伺うように見ながら、
「ただの石造りには見えんじゃろ?」
と言った。
「これ、コンクリートですよね?」
「やはり、の。その名を知っておるんじゃな」
そうか!この世界にはコンクリートなんかないんだ。普通は石造りであればこういう世界だとレンガだったりするものな。
「もう五十年程前になるかのう。この村を訪れてきた一組の冒険者パーティの中にその異世界人はおったのじゃ」
村長の話は要約するとこんな感じだった。
ーーーある時、一組の冒険者パーティがこの村に訪れた。その中に一際目立つ、変わった身なりをした男がいたそうだ。
その男は当時少年だった村長から村の話を聞くと、こんな提案をしたという。
「もし、その精霊の加護とやらが何かの拍子に失くなってしまったら、村の皆が避難できる安全な建物が必要になるね」
確かにそれはそうだと少年村長は思い、彼らを当時の村長の元へと案内した。
「それが、ワシのじい様じゃった」
少年村長の父親のさらに父親である当時の村長は、精霊から加護を授かった本人でもあった。その冒険者パーティの本来の目的は彼に会うことだったらしい。
その後彼らは精霊に会いに行く、と森に出かけるとしばらく帰ってこなかった。
数ヵ月が経ち、誰もがその冒険者パーティのことなど忘れた頃、彼らはある手土産を持って戻ってきたという。
「それが、コンクリートだったんですか?」
「そうじゃ、といってももちろんその材料ということじゃがの」
すると耳元でラムダが補足する。
『おそらくセメントのようなものでしょう。この建物の基本構造はレンガ造りのそれですので、そこにセメントで補強したものと推測されます』
なるほど、確かにそれならば現代の鉄筋コンクリートほどではないだろうが、この世界ではかなり頑丈で長持ちするだろう。
この建物が建てられた経緯は大体理解できた。そして、それに僕ではない異世界人が関わっていた事も。でも疑問がある。
「村長は何故、僕が異世界人じゃないかと思ったんですか?」
今の話からは僕が異世界人じゃないかと気付ける要素はなかったと思うのだが。
「彼には不思議な力があってのう。それを教えてはくれなんだが、そのおかげで冒険者になったと言っておった。他の三人もそれに何度も助けられ、彼をリーダーにまでしたそうじゃ」
ーーースキルかぁ。いいなぁ、正規のルートで来た人なんだな、その人。でも、僕にはスキルはおろか、ステータスすらないのだが。
「そしてーーーその男はとても変わった身なりをしていた、ともいったじゃろう?」
「あ、もしかして……」
「すーつーとかいうのであろう?そのヒラヒラのなんとも頼りない着物は」
スーツ、ね。そうか、その人も元はサラリーマンだったんだな。でも冒険者になってもずっとスーツのままだったのか?
『運が良いですね。おそらく重装備が必要ないほど、強力なスキル持ちだったのでしょう』
へー、そうですか、そうですか。それはうらやましいことで。
「カナトどのは昨日ふらりとこの村にやってきた。見るからに何の装備もない。にもかかわらずベアウルフを何とかするといっておったのじゃぞ?」
なるほどーーー、それでかつてこの村を訪れた異世界人を思いだしたというわけか。
もしかしたら、僕にも何か特別な力があるんじゃないか、と。
まあ、あながち間違いでもないし、僕が異世界人だと分かった理由も納得出来た。
「皆の避難は終わったよ!」
ちょうどその時、村人の避難を終えたリオが応接室に勢い良く飛び込んできた。
「それじゃあリオも皆と一緒に隠れてて」
「カナト、本当に一人で行く気なの?」
リオが心配そうにこちらを見つめる。
「今その話をしていたのじゃよ、リオ。さっきも言ったが、その御仁はやはり異世界人じゃった。お前には話した事があるじゃろう?この礼拝堂が出来た経緯を」
「……でも」
リオが心配しているのは、僕が昨日何の力も使わなかったからだろう。異世界人だから皆が特別な力を持ってるとは限らない、と思っているのかもしれない。
「大丈夫、何とかするよリオ。これは村の為だけじゃない、僕の為でもあるんだ」
「分かった……。気を付けるんだよ?」
そう言ってくれる人がいるだけでも、今の僕には力になった。僕がこの礼拝堂を出たら、僕を覚えているのはリオだけになってしまうかもしれない。
そう思うと足が竦む。失敗すれば当然死ぬかもしれない。
でも―――。
「行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
リオは迷いなくそう言った。
たったそれだけの言葉だった。
それなのに不思議と、さっきまで感じていた不安が少しだけ軽くなる。
少なくとも、この村には僕の帰りを待ってくれている人がいる。それだけで、不思議と前に進める気がした。
そして僕は礼拝堂の扉に手をかけた。目指す先は村の北側、ベアウルフのいる場所だ。
そう、今度こそーーー異世界での最初の戦いが始まる。




